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 主人公のマミ子が母親の古いコートのポケットにあったバスの回数券を利用して、不思議な街に紛れ込み、ひとりの少女とふれあう長編ファンタジー。その異世界との往還のユニークさや、少女との交流を通して親子関係を見つめ直すというテーマ性が注目された作品である。
 マミ子は、母親とのふたりぐらし。離婚した父親の記憶はないが、しっかりものの「ママ」との生活に不満はなかった。ところが、12歳の誕生日に「ママ」がくれたのは色褪せたお古のコート。慣れない塾通いもはじまり、母娘の生活に不協和音が混じりはじめる。そんなある日、間違えてコートのポケットにあった古いバスの回数券を使ってしまったマミ子は、見知らぬ街に降り立ち、杏子と名乗る、同じように複雑な家庭の事情を抱えた少女と出会い、親しみを覚える。一度は無事にもとの世界に戻るが、母親の再婚話が浮上しさらに混乱したマミ子は、再び古い回数券で杏子に会いに行く。そこでふたりは、杏子を捨てた母親を探しに出かけるが、その小さな旅の中で、不思議な街が戦後まもない静岡であること、そして杏子こそ少女時代のマミ子の「ママ」であることに気づく。杏子とのナイーブな心の交流を通して、マミ子は母親を、傷や弱さを持ったひとりの人間として再認識し、再婚をふくめてその生き方を受け入れていくのである。そんなマミ子に母親が見せてくれた古い日記には、マミ子こそ「星に帰ってしまった女の子」として記されていた。
 最初は不思議な街に招かれ巻き込まれるように、やがては主人公自身が意志的に求めるように、異世界との行き来をくりかえす構成は、ファンタジーの入口と出口の意味づけを考えさせる。異世界に入り込むこと、また戻ってくること、どちらにも偶然と必然が絶妙に絡み、スリリングに描き出されている。過去の世界で子ども時代の母親と出会うというタイムファンタジーの手法もとりこまれ、時間と空間の交錯に、主人公ともどもひきこまれていくめまいのような感覚が楽しめる作品である。
 同時に、1970年代後半は、離婚もふくめてそれまで児童文学ではタブー視されてきた暗いテーマに目が向けられてきた時期でもあり、この作品もまた、「子どもが親の子ども時代を再体験することによって体験が共有され、その結果として相互理解をともなう親子関係が実現する過程を描いている」(長谷川潮、1978)として評価された。離婚や再婚を特異な現象としてとらえるのではなく、大人もまたさまざまな傷や弱さや不安を抱えているのだと示したことで、普遍性をもったといえるだろう。
 テーマと方法が融合した作品として注目され、日本児童文芸家協会、日本児童文学者協会の新人賞を受賞した。2003年、こみねゆらの挿絵による新装版(偕成社)となった。

[解題・書誌作成担当] 奥山恵