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 戦時下の熊本を舞台に、石工を父に持つ少年権六を中心として、変わり行く石切り山の人々の生活を描いた長編物語。1970年代の児童文学に多く見られた、作者自身の子ども時代に材を求めて歴史を問い直す作風に連なるもので、多様な人物を配した豊かな構成のおもしろさを感じさせる竹崎有斐(1923〜1993)の代表作である。
 主人公の権六は、5年生。三郎、福助といった悪童仲間の大将として、子どもたちの遊び場を守ったり、山の「なりもの」採りを先導したりと、遊び興じる毎日だった。ところがある日、山の持ち主である退役軍人の老人が帰ってくる。老人の息子は当時「アカ」として特高警察に目をつけられており、その娘みよも人目を避けて山にこもっていた。しかし、「なりもの」採りをめぐって、老人と対決しながらも、権六たちはしだいに老人一家と親しくなっていく。みよを守り、ヤギの世話を手伝いながら、権六は老人からさまざまなことを学ぶ。一方、権六の父は、石工仲間の中心として忍耐強く村をまとめていたが、国家権力をたてに石切りのまぶをとりあげようとする土木会社に対して、組合をつくって対抗しようとする。しかし、人間も自然も資源としてしか見ない戦時の影は、子どもたちや石工たちをしだいに追い詰め、権六は多くの仲間を失い、父親は無理な仕事をして石の下敷きとなり、老人の息子も前線に召集されていく。やがて終戦。青年土木技手となった権六は、新しい護岸工事のために、父親の切り出した石づみを取り壊すハッパのスイッチを自ら押すのである。
 「アカ」や「特高」といった戦時特有の言葉のむずかしさや、悲哀に満ちた結末など、子ども読者にとっては一見とっつきにくい作品に感じられるかもしれない。しかし、権六やその仲間、苦境に立つ石工たち、もと軍人の老人と社会主義者の息子、みよと離婚した母親など、個性的な人物を配置しながらも、それぞれの関わり合いが鮮明で破綻がない。とりわけ前半の、ガキ大将権六のユーモラスでいきいきとした活躍ぶり、後半の、息詰まるような石切り山の緊張感と悲劇は、読み手をぐんぐん作品にひきこんでいく。
 初出は、少年雑誌『希望の友』の連載。一回ごとに読者を飽きさせないような工夫が、この作品の豊かなドラマ性を生んだといえる。「構成の妙で、序破急のはっきりした劇を見終った思い」(小林純一、1977)、「人間の複雑な愛憎が描かれて」(奥田継夫、1979)いると高く評され、日本児童文学者協会賞、小学館文学賞などを受賞した。大人も子どもも含めて、ある地方をトータルに描ききったことで、自然に根ざした生活に知らず知らずしのびよってくる戦争の不条理を伝える作品になっている。

[解題・書誌作成担当] 奥山恵