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 この詩集には、初出が、1959年から1975年にかけてさまざまな機関に童謡(歌)として発表された36篇が収録されている。従って、各作品が児童文学史的意味をもつとともに、全体としては幼年期の子どもが楽しめる本格的な詩集の誕生という史的評価もできる。
 1918年に『赤い鳥』で近代童謡を創始した北原白秋は、<童謡とは子どもの言葉で子どもの心を歌うもの>と定義した。が、白秋以降の童謡は感覚的写生詩を伝統とし、戦後もその域を出なかった。1959年に発表された「サッちゃん」は、「サッちゃんはね/サチコって いうんだ/ほんとはね」と、子どもの自然な話し言葉で、異性への思いと絶対的な寂しさという子どもの心を歌い、童謡の分野に新しい息吹を吹き込んだ。「おなかのへるうた」では、空腹をがまんできない子どもが、「かあちゃん/おなかとせなかがくっつくぞ」と叫ぶ。リアルな生活実感の溢れる日常的な子どもの言葉で、子どもの本音(心)を歌うところに阪田寛夫(1925〜2005)の革新性(現代性)がある。
 阪田は多様な子どもの心を生き生きと描いている。「おとうさん」「かぜのなかの おかあさん」には、最も身近で親しい父母が老いると不安と怖れを抱き、父が「よそのひとみたい」にならないように、母の「いまが/このままで」あるようにと願う愛情深い子どもがいる。「おしっこのタンク」「しょっぱい うみ」には、飲んだ水がおしっこになると湯気が出るのは「なぜだろう」と思い、塩からくて冷たい海でも魚が平気なのは「いったいこったい/どうなってんのかな」と不思議がる子どもがいる。そして「夕日がせなかをおしてくる」には、夕日と交感して「あしたの朝ねすごすな」と叫ぶダイナミックでアニミスティクな子どもの感受力と想像力がある。
 この詩集は、「国土社の詩の本」全20巻の第13巻めに当たる。このシリーズは戦後初めての童謡叢書で戦後の「約30年間に作られた童謡の作者別集大成」で、「より豊かな童謡の未来のための大きな文化遺産となることを願って」(扉の趣意書)刊行された。阪田は『童謡の天体』(新潮社)の中で、「日本の音楽の地殻変動につらなって」「歌詞と言えばリズム優先の自律性のうすい童謡」が主流となり、日本の近代童謡は「昭和43(1968)年頃突然終わった」と語っている。童謡の詩性が問い直される時代状況の中で「国土社の詩の本」が刊行され、阪田の童謡を詩集として味わうことを可能にした意義は大きい。和田誠のユーモラスなペン画タッチのさし絵が、詩への親近感を増している。第6回日本童謡賞を受賞。「サッちゃん」は国民的愛唱歌となり、「マーチング・マーチ」や「夕日がせなかをおしてくる」は小学校国語教科書に採択されて子どもたちに活力を与えている。

[解題・書誌作成担当] 谷悦子