表紙 本文 挿絵

(画像をクリックすると大きな画像をご覧いただけます)
 柏葉幸子(1953〜)の最初の単行本である。主人公の女の子が現実世界から異世界に入り込み、そこである期間を過ごしてまた現実世界に戻ってくるという、オーソドックスな構造のファンタジー作品。バタ臭さと土臭さが微妙にとけ合う独特の雰囲気の中に、ユーモラスなエピソードを豊富に盛り込んで、日本のファンタジー界に新風を吹きこんだ。
 小学6年生の夏休みに、上杉リナは父にすすめられて「霧の谷」への一人旅に出かける。途中で道がわからなくなるが、風に飛ばされた傘を追いかけるうちに、小さな町にたどり着く。石畳の小道沿いに、西欧風の6軒の家が向かい合うその町は「気ちがい通り」。リナを招待してくれた下宿屋のピコットばあさんをはじめ、そこに住む人々はすべて「魔法使いの子孫」なのだった。
 「働かざる者食うべからず」がモットーのピコットばあさんは、ふうがわりな通りに店を出す本屋、せともの屋、おもちゃ屋で、順ぐりにリナを働かせる。最初は戸惑うリナだったが、働くことを通じてそれぞれに風変わりな町の住人たちと知り合い、彼らのちょっとした悩みの解決に手を貸したりするうちに、すっかり周囲にとけ込んでいく。そうして3週間が過ぎたころ、リナは突然ピコットばあさんから帰宅を命じられる。すごすごと来た道を引き返したリナは、「霧の谷」の外ではまだ半日しか時間が経過していないことに気づく。しかし、かばんの中には住人たちからの数々のプレゼントと、彼女が来年も招待されたことを示す傘が入っていた。
 このように、現実世界と異世界では流れる時間が違うという設定や、二つの世界をつなぐ道具としての傘の存在など、ファンタジーの作りはあまりに型どおりで、独自性に欠けるという批判もある。また、エピソードを積み重ねる形で進行する物語に目立ったクライマックスはなく、リナの在りようにも特に顕著な変化は見られない。その意味で、物足りなさを感じる読者もいるかもしれない。
 だが一方には、この作品の本領はそういう物語の全体ではなく、発明家のイッちゃんやオウムのバカメといったユニークなキャラクターや、夏なのに冬や春の花々が咲き乱れる庭、いくら食べても太らないお菓子等々、といった魅力的な細部にある、という見方もある。そういう細部への丹念でリアルな描きこみが、「気ちがい通り」という異世界にふくらみを持たせ、多くの読者を獲得したものと思われる。
 本書は、1974年に講談社児童文学新人賞を受賞した作品を改題し、翌年出版したものである。1976年に日本児童文学者協会新人賞を受賞。2001年、宮崎駿のアニメ「千と千尋の神隠し」の下敷きになった作品として、注目を集めた。
 1979年には講談社文庫の1冊として、1987年にはクリストファー・ホルムズの訳により講談社英語文庫の1冊として出版された。

[解題・書誌作成担当] 横川寿美子