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 戦争の悲惨さを、なかでも原子爆弾の投下がもたらした凄惨な地獄絵を、子どもたちを主人公にして描いたマンガ作品。戦争を素材にしたマンガは数あるが、まっこうからその惨劇を描いた反戦マンガは数少ない。なかでも「はだしのゲン」は、作者の被爆体験に裏打ちされた描写が、胸にせまる切迫感を生み出しており、娯楽性に傾きがちなマンガ作品のなかにおいて、きわだった位置にある。
 物語は広島に住む、夫婦子供あわせて7人の一家を中心に展開。中岡家の三男元(ゲン)は、太平洋戦争の末期、大人たちの醜い仕打ちを身をもって体験する。父が反戦をとなえたため非国民と後指をさされた一家は、近所から除け者にされ、自分たちが耕す畑も荒らされ、父は拷問を受け、兄や姉も辱めを受ける。そうして迎えた1945年の8月、広島と長崎に原子爆弾が投下される。元と母は幸い死をまぬがれたが、目の前で父と姉弟を亡くしてしまう。助かった母は赤ちゃんを身ごもっていたが、無事出産をはたすもののすぐに死ぬ。物語は、被爆し廃墟となった広島を舞台に、差別を受けながらも必死で生きようとするゲンたちの生活を力強いタッチで描いている。
 『週刊少年ジャンプ』(集英社)1973年6月より連載。作者・中沢啓治(1939〜)の自伝『はだしのゲン自伝』(1994)によれば、作品の執筆は、被爆者である母の死をきっかけにしているという。まずその怒りを短編に執筆。その後『週刊少年ジャンプ』に自らの生い立ちを短編で載せたところ、連載を依頼されたと述べる。しかし、単行本化には困難がつきまとい、版元集英社は出版をしぶる。ところが作者のもとに出入りしていた朝日新聞の記者が奔走し、これまでマンガ出版とは縁のなかった汐文社から、まず1975年に4巻の本にまとめられ出版された。本が出ると、内容のまじめさ、描写の凄惨さ、主人公の生き方が話題となり、ふだんはマンガを置かない公共図書館、学校図書館にもこの単行本を置くところが増えていった。『週刊少年ジャップ』での連載が終了したのち、『市民』『文化評論』『教育評論』に続編が掲載され、いずれも同出版社より単行本にまとめられた。同作品は10巻(1975〜1987)で完結をみる。
 戦後のマンガの歴史をみると、1955年前後、戦記マンガがブームになったことがある。その多くは興味本位に戦争の兵器や戦闘場面を描くことが多かった。反対に手塚治虫、ちばてつや、水木しげる、白土三平などは、戦争の悲惨をマンガで訴えていたが、なかでも中沢の「はだしのゲン」は、子どもの視点から原爆の恐ろしさを描く点で突出していた。その凄惨な描写と、力強く生きる少年の姿が読者の心に突き刺さった。
 1976年と78年79年に映画公開、83年と87年にはアニメーション版の製作公開、2004年には英訳本がアメリカで出版された。

[解題・書誌作成担当] 竹内長武