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 『ねずみくんのチョッキ』は、緑色の額縁の中に、登場する動物を墨1色のモノトーンで描き、チョッキの赤色を際だたせた視覚表現でなり、次々に動物たちがそのチョッキを着ることで展開していく、いわば回覧式のナンセンス絵本。単純な繰り返しの中で、どんどん伸びていくチョッキに、ほのぼのとしたペーソスが織込まれている。
 ねずみくんのチョッキは、お母さんが編んでくれた、小さくて赤いとってもすてきな物。「いい チョッキだね/ちょっと きせてよ/うん」「すこし きついが/にあうかな?」。まず登場したアヒルが、ねずみくんにお願いをする。次々にさる、オットセイ、ライオン、うまと登場し、ついには大きなぞうもうーんと伸ばしてようやく着たところへ、「うわー/ぼくの チョッキだ!」。ねずみくんはびっくり仰天。伸びきった赤いチョッキを引きずり、ねずみくんはとぼとぼと退場。と思いきや、ぞうの長い鼻にチョッキをかけて、ゆらりゆらりとブランコ遊び。
 この絵本は、そのシンプルな語り口と意外な展開から、文庫活動などの「読み聞かせ」で子どもに大人気。小さくても大切な物の持つメッセージやねずみくんの他者を受け入れる優しさが、子どもだけではなく大人までをも魅了し、親子代々に読み継がれてきた。
 1970年代は、福音館書店の月刊物語絵本「こどものとも」が築いた絵本の文法=文章作家のテキストに画家が挿絵をつけるという編集方針を絵本制作の主流としており、その中にあって、上野紀子(1940〜)の絵本画家デビューは新鮮な驚きをもたらした。上野は、まず文字なし絵本 Elephant Buttons(Harper & Row、1973)をアメリカで出版し、認められ、2年後に日本で『ぞうのボタン』(冨山房、1975)として刊行したという経歴を持つ。『ぞうのボタン』も、図像を墨1色で描き、ぬいぐるみ様の動物がそのお腹のボタンをはずすと中から異なった動物が現れるというナンセンスな絵本である。これは、次に何が出てくるのかを楽しむ「意外さ」がテーマの絵本であり、いわば『ねずみくんのチョッキ』の原型でもある。その後、上野は、『ぞうのボタン』の冒頭で「よしをへ」と献辞したパートナー、なかえよしを(1940〜)と組み、「ねずみくんの絵本」シリーズを生み出した。そのほとんどは、起承転結のある物語形式ではなく、主題がバトンのように手渡されていくリレー形式の繰り返しの構成でなっている。その意味で、なかえと上野の取り組みは、視覚表現を主体とした1つの新しい絵本の文法を編み出したといえる。第17回児童福祉文化賞奨励賞(1975)、第6回講談社出版文化賞絵本賞(1975)受賞した。

[解題・書誌作成担当] 大橋眞由美