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 日本のわらべ歌は、明治時代に学校教育から完全に排除されて急速に衰退し、その後、北原白秋などの詩人によって童謡が創作されて今日に到った。が、日本の音楽の地殻変動に連なって、1970年頃に近代童謡は生産を終えた。一方、現代詩は言葉の音楽性より意味性(自己表現)を重視して難解となり、袋小路に迷い込んでしまった。このような時代状況の中で、谷川俊太郎(1931〜)の『ことばあそびうた』は、日本の詩・童謡の新たな方途をきり開いたのである。谷川は詩作の初めより一貫してマザー・グースに関心をもち、伝承わらべ唄の有する韻文性と無名性を志向していた。日本人の耳を楽しませるほどの強い音韻性を、規則にしばられずに試み、わらべ唄に見られるようなポエジーやユーモアのある世界を、ひらがな表記で作品化した。音の面白さを出すために、頭韻・脚韻だけでは足りず、多量に押韻しているのが特徴である。
 代表作「ののはな」は、「の」「は」「な」の語順を入れ替えて作られたアナグラム的作品で、同音の反復が快い。喉の奥から発せられる無声音hの軽やかさ、鼻音nの柔らかさ、広口母音aの多用による明るいのびやかさが、花の咲く野原で子どもが問答している情景と相まってわらべ唄的である。「かっぱ」は、「かっぱ→かっぱらった」と名詞の音が動詞に転じ、「らっぱ・なっぱ・いっぱ」と語呂合わせが花火のように広がる。鋭く軽くはじけるような破裂音k・t・p、弾音rと促音の組み合わせによる律動感、a音の多用による開放感が、ラッパを吹いたり菜っぱを食べたりするかっぱを愉快に躍動的に描いている。「いるか」は動物のイルカと動詞の疑問形「居るか」の際限ない音の戯れ。どの「いるか」がイルカなのか曖昧なところが子どもを魅了する。音韻だけでなく意味の二重性、イルカ物語の展開に面白さがある。
 ある幼児雑誌からの注文がきっかけで、巻頭の「ののはな」が最初に作られた。他の14篇は1970〜72年の『母の友』(福音館書店)に連載。発表順とは異なる配列で構成し、福音館書店から「日本傑作絵本シリーズ」の1冊として出版された。A5判変型で、瀬川康男の日本的な木版刷りを模した絵と文字で描かれている。赤・緑・黄・黒という鮮やかな配色とタッチが躍動する言葉と響きあって、斬新さと伝統をあわせもつ谷川の世界を巧みに視覚化している。1977年に谷川も参加して「ことばあそびの会」を設立。波瀬満子の朗読による「ことばとあそぼう」がLPレコードやカセットテープ・CDで発売され、音を楽しむ<ことばあそび>はこの詩集とともに全国に広がった。「ののはな」「いるか」が小学校国語教科書に採択され、教育現場では、ことばあそびの授業や実践報告が活発になった。現代詩の分野でも、「新しい詩の歴史の第1ページを書く」、「日本語と現代の詩のありかたに大胆に迫ろうとするもの」(『現代詩手帖』1975.10)と高く評価されている。

[解題・書誌作成担当] 谷悦子