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 山下明生(1937〜)が海を舞台に祖父と孫との絆を描いた幼年童話である。山下は瀬戸内海能美島で育ち、彼の海への熱い思いが本書では象徴的に描かれ、心豊かな作品となった。
 語り手はぼく(はるぼう)だ。父は嵐の海で死に、そのショックで母は病に倒れ親戚の家で養生をしている。ぼくは祖父と暮らし、漁に出た祖父の帰りを、いつもいちじくの木の上で待っていた。祖父は枝が折れると危ないからと、代わりに車輪のついた「にだんべっど」のような見張り台を作ってくれた。嵐の翌朝、うねりの残る浜辺でぼくは白い大きな犬に出会い、祖父から聞いていた嵐の使いである海のしろうまが姿を変えて自分の元にやってきたと思い込む。ぼくは「しろ」と名付けたその犬と浜辺で毎朝過ごすようになる。しかし祖父は孫が浜辺に一人で出ることを案じ、ついに祖父はしろに夢中のぼくの頬をぶった。ぼくが初めて祖父を嫌いになった瞬間だ。その後祖父は漁に出たまま戻らなかった。嵐の中、ぼくが見張り台で一人案じていると、しろうまが現われ見張り台を引いて海へ走り出した。そこにはしろうまの群れがいた。「だいすきじいちゃーん、かえってこーい!」声を限りに叫んでいると、ついに祖父の声が聞こえてきた。気がつくとぼくは布団の中にいた。高熱にうなされていたそうだ。祖父はそっと、今年初めての甘いいちじくをぼくの口に入れてくれるのだった。
 嵐の海に立つ白波を「うみのしろうま」と見立てた祖父の話が、幼いぼくの中で次第に重みを増し、それが祖父との初めての確執を生み、また修復がもたらされる契機となる。ここにぼく自身の心の成長をたどることができよう。山下の海の描写はみずみずしく、長新太の青を基調とする力強いタッチの絵が、これをいっそう引き立てている。海を題材にした作品が少ないといわれた当時の日本の児童文学界において忘れられない一編である。
 山下は幼いときに母の幼馴染の漁師からしろうまについて聞かされ、長じてヨットで航海中にしろうまを見たことから、「海への思い出」と「海への恋歌」を込め、本作を書いたという。執筆中にはボストン作『海のたまご』を傍らに置き、このような作品を書きたいと励んでいたこと、本作以後リアリズム作品を書く中で、むしろこの作品こそが自分の原点だと痛感したとも語っている。
 1973年野間児童文芸推奨作品賞を受賞した。実業之日本社版が絶版の後、1980年11月、理論社から初版とほとんど同じ形で出版されている(理論社版は2003年6月で第9刷まで出た)。

[解題・書誌作成担当] 小野由紀