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 本書が出版された1972年度には多くの優れた歴史児童文学が誕生した。本作も徳川幕府が誕生し鎖国とキリシタン禁令に至る時代を舞台にした読み応えのある歴史児童文学である。
 伊太と弥助は密航した船で、思いがけずマカオに着いた。そこで日本人キリシタンのマチアスと出会い、互いにその後の人生に大きく関わりあっていく。少年三人がそれぞれの人生に夢を抱く平和な生活も束の間、伊太と弥助は慌しく帰国することになった。やがてマチアスもイルマンとして密かに帰国。既に国内でのキリシタンへの取締りは厳しく、津軽には禁令にそむいて流された信者もいた。マチアスは大坂から支援金を運ぶ役を負い、キリシタンに反発する伊太もマチアスを助けて津軽へ向かう。苦難の末、無事使命を果たした伊太は、江戸に戻ると弥助から資金援助を受け船乗りとして成功していく。やがて、弥助の援助金はマチアスを密告した礼金だと知る。伊太は密告により亡くなった人たちへの罪滅ぼしのために津軽のマチアスを救おうとする。伊太は炭鉱で酷使されるマチアスらキリシタンを見つけるが、マチアスは逃げない。イルマンとしての使命を全うする覚悟は伊太の必死の説得にも揺らぐことはなかった。津軽のキリシタンを乗せマカオへと旅立つ朝、伊太の目に涙がにじんだ。
 三人の少年の友情と葛藤を中心に、華やかな南蛮貿易やキリシタンへの厳しい弾圧などの歴史を巧みに織り込んでの展開は速く、読者は飽きることがない。一方で信仰や自由の問題が浮き彫りとなり、人としてどう生きるかが問いかけられた、骨太の読み応えのある作品となっている。「大人の作品創造の手法を下へおろしてきて作品をかいた」(代田昇)と当時の評価にあるが、まさにその通りで、文学としての普遍的なテーマを重厚な文章で描ききっている。その上でなお、三人の個性豊かな少年や、大人の世界に対する鋭いまなざしに児童文学としての世界を確立しているのである。田代三善の挿絵は素朴な力のある線に温かみが感じられ、作品の深いテーマとよく響きあっている。
 作者の皆川博子(1930〜)は本作でデビュー後、幻想文学、ミステリー、時代小説の各分野で活躍し、1985年に直木賞を受賞している。

[解題・書誌作成担当] 小野由紀