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 童話作家・安房直子(1943〜1993)の初期短編集。作者の母校である日本女子大学ゆかりの同人雑誌『目白児童文学』『海賊』などに発表した8編からなる。作品はいずれも日常世界と異次元世界の交錯する詩情豊かなメルヘンの中に、若い人々の一途な思いや人生の不条理を描いた味わい深い物語である。中でも「きつねの窓」と「鳥」は国語教科書に採用されたことにより、広く親しまれている。
 収録作品のうち、1970年に日本児童文学者協会新人賞を受賞した「さんしょっ子」は、幼なじみの三太郎、すずなの淡い初恋と、三太郎に恋した山椒の木の精の実らぬ思いを民話風に描いたもの。貧しい三太郎は、すずなが隣村の金持ちに嫁いでいくのを黙って見送るしかなく、成長して緑色の光になってしまったさんしょっ子は、三太郎にとっては最後まですずなの振りをしようとする何かでしかありえない。
 「きつねの窓」では、孤独な一人の青年が狩猟の途中でききょうの花畑に迷いこみ、そこで出会った子どものきつねに、両手の親指とひとさし指を青く染めてもらう。その指で窓を作ると、その中に懐かしい人や風景があらわれ、きつねの作る窓には死んだ母ぎつねが、青年の窓には子ども時代に住んだ家や幼なじみの少女の姿が見える。だが、喜んだのもつかの間、彼はうっかり手を洗い、瞬時に窓は失われてしまう。
 これらの作品には、グリム、アンデルセン、宮沢賢治など、作者が慣れ親しんだ古典童話の影響が強く感じられるが、それらを超えて作者独自の世界を構築している重要な要素に、色彩がある。前述した「さんしょっ子」の緑や「きつねの窓」の青、「夕日の国」のオレンジ色、そして、「空色のゆりいす」の空の色と紅ばらの色。これらの鮮烈な色彩のイメージは、作者のその後の作品にも共通して見られるものであり、自分自身を「テーマもストーリーも何もないのに、たったひとつのイメージを表現したいために、作品を書こうとする」(神宮輝夫との対談)作家であると評する作者の最大の特徴とみなされている。
 大学時代に『目白児童文学』に書いた「空色の揺りいす」が山室静の目にとまり、「こんなのが十編くらいたまったら、一冊の本にするといいね」と言われたことが約8年後に実現して、本書が刊行された。その山室は本書の解説で、「やや小じんまりと完成した童話世界を、どうやっておし広げるか」を作者の課題としたが、その世界はおおむね読者の好評を得て、1973年に小学館文学賞を受賞。
 1985年、埼玉福祉会の大型活字本シリーズの1冊として出版された。

[解題・書誌作成担当] 横川寿美子