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 さねとうあきら(1935〜)による本書は、1970年代の民話ブームの中で創作民話が描いた、素朴で純粋な人間ではなく、保身や裏切りに走る民衆の陰の部分をも描き出し、新しい型の作品として衝撃を与えた。
 8つの短編から成るが、たとえば第3話「くびなしほていどん」では、太っただらしのない姿で、施しを乞うて歩き、村人に「うすばか」と笑われている「ほていどん」が主人公である。飢饉の年、年貢を取り立てられた村人は一揆を企てる。首謀者として罰せられることを避けるために皆が担ぎ出したのが、身寄りのないほていどんだった。鉄砲を向けられても「ニコタラわらっている」ほていどんのおかげで一揆は成功、ほていどんは村の英雄となり「生き神さま」と称えられる。ところが、領主に一揆の罪をとがめられるや、村人はほていどんの首を差し出す。村人は生き延びたが、「くびのないほてんどん」を見て発狂する者も出て、死んだように活気のない村になった。また、第7話「赤ガラスの大明神」の主人公は、姿が醜いために仲間に見捨てられたカラスである。カラスは村娘「シカ」を助けたのをきっかけに、多くの貧しい村人を助けて「大明神」と呼ばれる。日照りの年には皆のために新しい水源を見つけるが、それを妬んだ長者の陰謀にあい、シカの父親に殺されてしまう。
 このように、物語の背景には貧しい農村社会がある。そこには領主・長者対民衆という動かしがたい上下関係があり、搾取されている民衆も、自分たちより弱い人間や動物を囲い込み、差別する。そうした人間や動物が、ある事件や出会いをきっかけに役に立つようになると一躍「英雄」「神」として崇めるが、自らの身が危うくなれば領主におもねる。こうして民衆に利用された者たちはほとんど死に至り、民衆を搾取する領主には何の不利益も与えられないことさえある。勧善懲悪によるハッピーエンドや改心は避けられており、重い現実はなかなか変わらない。そうした冷酷な現実の形成に、民衆も責任の一端を負っているという認識を読むことができる。語り口は口承文芸風でユーモアを漂わせ、飄々としているが、要所に抒情的な描写を挿んで、被差別者の行動や死を際立たせている。
 挿絵の井上洋介は、本作品では柔らかい墨絵風の線で風景や人物を描き、生命力やユーモアを感じさせる明るい雰囲気と、裏切りや死といった影の部分を無理なく融合させている。
 児童劇作家だった作者が、それまでの活動を集大成するために書き、理論社に送ったという本作品集は、小宮山量平の目にとまり刊行された。人間性の暗さまで力強く描きだしたことを評価され、日本児童文学者協会新人賞、野間児童文芸推奨作品賞を受賞。1978年には講談社文庫としても刊行された。

[解題・書誌作成担当] 藤本恵