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 『トンカチと花将軍』は、日本には稀なナンセンス・テールといわれてきた。1980年代以降には、日本児童文学でもナンセンスが試みられることが多くなるが、谷川俊太郎のナンセンス詩の詩集『ことばあそびうた』(1973)とともに、そうした傾向の先駆となった作品である。
 「さあ、花をさがしにいこう、サヨナラ。」―物語は、トンカチのこのことばではじまる。「サヨナラ」といっても、これで、物語がもうおわってしまうわけではない。サヨナラは、デニムのつりズボンをはいたトンカチ少年の足元にじゃれついている犬の名前だ。トンカチは、広っぱのはずれに長々とつづいている「ホームランのへい」のくずれ目をまたいで、森の中へ入っていく。トンカチは、花をさがさなければならないのだ。近ごろは、どこをさがしても花が見つからない。街角の花屋からも、公園や学校からも、さくらちゃんの家の庭からも、花は、突然すがたを消した。トンカチは、花の好きなさくらちゃんの誕生祝いに花をさがそうとする。森に入ったとたん、何だか白くて丸いものがフワリと横切り、サヨナラは、それを追いかけて、猛烈にかけ出して行く。トンカチが「サヨナラ! サヨナラ!」とさけんでも、犬は、もどらない。トンカチは、花と、いなくなったサヨナラをさがすことになるが、彼は、へいのむこうの世界で、いろいろなおかしなものに出会っていく。
 舟崎克彦(1946〜)と舟崎靖子(1944〜)の夫婦共作である。「かたいっぽうが先行して書いたあと、それにもういっぽうが手を入れる。そのあと、またもうひとりが筆を加えるというふうにしていました」と、のちに克彦が回想しているが(『現代児童文学作家対談5』偕成社、1989)、すがたを消した花といなくなった犬をもとめていく探索物語という枠組みを設定したから、共作が成り立ったのだろう。この枠組みは、ウサギを追いかけて地下世界に入っていくキャロルの『ふしぎの国のアリス』にも似ている。挿絵を描いたのは、作者のひとり、舟崎克彦である。独特の絵が、この独自な作品世界の成立に一役かっている。
 ナンセンスは、ことばをモノとしてあつかう。たとえば、トンカチがサヨナラをさがしているといったのに、ヨジゲンは、「それできみは、いつごろからそのゴキゲンヨウをさがしているの?」とたずねる。「サヨナラ」と「ゴキゲンヨウ」がまるで機械の部品のように取りかえられてしまったのだ。ことばは、音と意味とがむすびついた目に見えない約束事で、モノではない。だが、ことばをあえてモノとするナンセンスによって、ことばという約束事にしばられた日常世界がようやく相対化される。
 1975年には、角川文庫の1冊として出版された。

[解題・書誌作成担当] 宮川健郎