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 宮川ひろ(1923〜)の初めて単行本である。このあと書き継がれる宮川の<学校もの>の特徴となる、母親としてのやさしさを持つ女性教師と児童の交流を描き、多くの読者を得た。
 物語の基軸は、産休補助教員として赴任した木村先生こと「るすばん先生」と、中村光男を中心とする3年3組の子どもたちの出会い、交流、別れである。10章構成で、章ごとに中心となる児童が1人登場、各章を独立した短編としても読むこともできる。たとえば第3章では、学校に来ても誰とも話さず、給食も食べないきみ子に対して、先生は仲の良いよし子と別室で食べさせるという策を講じ、一方で「おしゃべりノート」を作って会話をし、心を開かせていく。第4章では、先生にかわいがられるきみ子に嫉妬した光男が、きみ子をいじめる。しかし、この事件をきっかけに、きみ子は体育の授業に積極的に参加できるようになる。先生と2人で話す機会を持った光男は、自分は13人兄弟だという、願望を反映した作り話をして、一人っ子のさびしさを先生に明かし、やさしく受け入れられる。
 短編としての独立性を持ちながら各章が有機的につながり、光男の成長物語となっていることも特徴と言える。先生に心を開き、愛情を受けた光男は、クラスメートのタミ子やれい子に思いやりを持てるようになる。先生との別れの場面では、クラス全員に呼びかけて凧を揚げ、「ほんとの先生になってまたきてよ」という言葉で送り出す。光男は先生に兄弟のことを話したとき、「こんどのお正月、先生もたこあげのなかまにいれてあげる」と言っていた。作り話がクラスメートの力を得て実現し、光男のさみしさを包んだ先生の心を包み返すというプロットになっている。
 本作品は、実体験をもとに構想されたというが、人物設定や起こった事件には創作が加えられており、先生と児童の理想化された関係が描かれたと言える。現代の目には、現実にはとうてい存在しないファンタジーとも見えるが、それでも心地よい読後感を得られる。特に、「ほっぺたをくっつけるようにして」きみ子に「おはよう」を言ったり、光男を「ひざの上にだきあげ」て話を聞く先生の母親的なふるまいは、甘い幸福感をもたらす。先生と児童の交流を描いた作品は多いが、肉体的な接触をあたたかく美しいものとして存在させ得たことが、この作品の魅力になっている。
 初出は坪田譲治主宰の雑誌『びわの実学校』で、今西祐行の推薦で原稿が持ち込まれた。原稿用紙80枚ほどの分量があったが、坪田の賛辞を得て一挙に掲載、すぐに出版社が決まり単行本化された。挿絵を担当した菊池貞雄は、アニメーションの制作から児童書の画家に転じた。本作品では、線を多用した絵で、登場人物の生き生きとした動作を感じさせ、物語を親しみやすいものにしている。

[解題・書誌作成担当] 藤本恵