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 1940年前後の地方都市を舞台に描かれた、写真館をいとなむ一家の物語。日本にはめずらしい「家庭物語」ともいえる。
 物語の舞台は、寺町三丁目十一番地。市の繁華街であるスズラン通りのはずれに面している。登場するのは、福地写真館の一家である。写真屋である父(福っつあん)、そして母、9人の兄弟姉妹と、写真館の助手をつとめる書生の曽田さん、女中のおたけさんという面々である。物語がすすむにつれて、父の親友である宮川の子ども3人をあずかることになり、さらに、10番めの子どもも誕生する。物語は、全12章で構成されている。春の新学期がはじまって間もない小学校へ馬にのってやってきた父親を三男の仁の目から描いた「馬にのった写真屋さん」にはじまり、夏(第5章「きん上花をそえる」、第6章「どろぼうさわぎ」、第7章「海水浴」)、秋(第8章「「仁がめくらになる!」」、第9章「お命講」)をへて、第11章「修羅の大晦日」、第12章「大火」にいたるというふうに季節を追って展開し、そのなかで、家族の行事や事件が描かれていく。
 写真屋の福っつあんは、頑固一徹の父親で、子どもたちの行動に腹を立てて、爆発したりもする。日蓮宗の熱烈な信者で、「南無妙法蓮華経」と大声でお題目をとなえ、うちわ太鼓を打ち鳴らす朝夕のおつとめを欠かさない。母親のしげは、子沢山の大家族の切り盛りに懸命である。長男の誠人はおっとりしているが、次男の武は、名うてのガキ大将で、武を中心とする町内の子どもたちのはなばなしいチャンバラも描かれる。作品は、家族をあくまで敬愛をこめて語っていく。夏休みの夕暮れの川原での遊びや海水浴、秋のお命講(日蓮上人の命日のお祭り)の縁日のようすなども、なつかしく描き出される。
 『寺町三丁目十一番地』を「家庭物語」だとした。「家庭物語」といえば、ドイツの『愛の一家』(ザッパー、1906)、アメリカの『若草物語』(オルコット、1866)、『ケティ物語』(クーリッジ、1872)などがよく知られているが、これらの多くが女性中心の物語であるのに対して、『寺町三丁目十一番地』は、父と息子たちを軸に展開するという特徴がある。最終章では、町が大火に見舞われる。福地写真館も焼け、家族は焼け出される。だが、このことが、家族のきずなの意味をかえって際立たせることにつながっている。「あとがき」を読むと、最終章の大火は、1940年の静岡の大火をふまえていることがわかり、巻頭には「父に捧ぐ」とある。この作品の根元には、静岡市寺町三丁目十一番地の菊地写真館で生まれた作者・渡辺茂男(1928〜)の実体験があることはまちがいない。そして、太田大八の挿絵が、この世界にたしかなリアリティーをあたえている。
 1976年には、講談社文庫版の1冊としても出版された。

[解題・書誌作成担当] 宮川健郎