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 戦争や原爆の体験を現代の中学生の生活のなかでとらえ直したオムニバス形式の作品集。全6話。
 1話は、「だけど数学はきらいだ 山下和雄の話」。中学2年生に進級した新学期、東京からやってきた新任の女の先生、山田ひな子先生が2組の担任になる。数学担当である。山田先生は、名前からの連想から「ヒヨコ」あるいは「ぴよちゃま」というあだなを付けられ、人気者になっていく。そんななか、1話の語り手である「ぼく」(山下和雄)の母が突然の入院をする。盲腸だというのだが、開腹手術をしてみると、母の体はガンにおかされていた。被爆者のガンは非常に多いのだという。母もまた、広島に投下された原爆を爆心地ちかくで経験していた。和雄は、そのことを通して、過去の戦争に出会っていく。そして、和雄の屈託を「ヒヨコのクラス」はあたたかく受けとめてくれた。2話は、「ひろしまのオデット 三木久美子の話」。「わたし」(三木久美子)は、バレエの公演で、「ひろしまの組曲」の主役を踊らなければならなくなる。原爆体験を描いた創作バレエである。「わたし」は、どんなふうに踊ったらよいかわからず、悩み、とうとう、ふっきれない気もちを「ヒヨコのクラス」にぶつける。クラスは、このことも真摯に受けとめる。物語は、朝鮮から帰化した木村英一の家族の問題や、福本道子の父親の青い車へのいたずら事件をとおして、クラスの仲間が障害のある被爆二世に出会ったことなどをまきこみながら進行する。そのなかで、ヒヨコこと山田先生が、なぜ、東京から広島へとやってきたのかもわかってくる。先生の初恋の男性(先生が高校生だったとき、勉強を見てくれていた大学生だった瀬田さん)がやはり被爆者で、広島の原爆病院に入院しているのである。
 作者の山下夕美子(1940〜)は東京生まれ。戦後、広島で暮らすようになる。この作品は、いわば、非体験者が書いた原爆児童文学であり、作者の立場は、作中の山田先生や、中学生たちに非常にちかい。そのことが、「ヒヨコのクラス」があらためて原爆や戦争に出会い、それを考えていく物語をかえって成功させている。原爆や戦争の体験は、現代につづく体験にほかならなかった。
 長新太のユーモラスな挿絵が、思春期の少年少女の内面をやわらかく描き出している。

[解題・書誌作成担当] 宮川健郎