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 『だるまちゃんとてんぐちゃん』は、日本の伝統的な玩具である「だるま」と同じく伝統的なキャラクター「てんぐ」を主人公に、父「だるま」の知恵を借りながら工夫を重ね、変身をとげる物語絵本。この絵本は、だるまちゃんとてんぐちゃん、父のだるまどんとの間に交わされるユーモラスな会話、「づくし」の手法、物語が展開するにつれて付け加えられるだるまちゃんの変身など、絵本ならではの視覚表現で展開するものである。
 だるまちゃんは遊び友達のてんぐちゃんの団扇に目を留めた。「それ なあに?」「これは てんぐの うちわだよ」「ふーん いいものだね」。この会話から父親のだるまどんを巻き込んだ試行錯誤が始まる。19本もの家中の団扇を室内に並べて思案するだるまちゃん。窓の外の庭には、ヤツデの木が植えられている。すると、「いいことに きがつきました」。ページを繰ると、ヤツデの葉を手にした得意そうなだるまちゃん。このような展開が、帽子、履き物、鼻と繰り返される。最後には、だるまどんは鼻と花を聞き違え「おおまちがいのとんちんかん」を起こしながらも、餅をつき丸め形作り、だるまちゃんの鼻はスズメのとまる立派なものに変身した。
 このような表現は、作者である加古里子(1926〜、本名・中島哲)の資質に起因する。加古は、大学で有機化学を学んだ工学博士でもあり、その在学中からセツルメント活動で子ども会を指導してきた。実践活動の中で紙芝居や絵本制作を学び、文学や美術の専門教育を受けていないことから、その作品には、「素人ぽさ」が残されていると同時に、子どもの興味を熟知した展開や、科学的、論理的な構成がみられる。伝承遊びなどの伝統的な日本の子ども文化にも造詣が深く、その知識が作品の随所に盛り込まれている。
 この絵本の場合にも、「づくし」表現で描き込まれた品物を確認する喜びが読者である子どもにもたらされる。例えば、ある家庭の子どもは、「履きづくし」の場面で、「これはお母さんの靴」「お父さんの靴」「おばあちゃんの靴」と指さしながら選別し、和服姿を見かける伯父には草履を、若き叔母には赤いヒール靴を与え、必ず最後にだるまちゃんの図像入り黄色いズック靴を「私の靴」と指し示した。
 「だるまちゃん」シリーズは、この後、『だるまちゃんとかみなりちゃん』(1968)などを生みだし、人気シリーズとして現在に至る。

[解題・書誌作成担当] 大橋眞由美