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 山の竹やぶに住むとら、トラノ・トラゴロウを主人公とする7編をおさめる連作短編集。
 日本の現代児童文学は1959年に成立したと考えられる。その現代児童文学成立前後に、まだ早稲田大学に在学中だった小沢正(1937〜)は、山元護久らと幼年童話研究同人誌『ぷう』を創刊し(1958)、4号まで刊行した。トラノ・トラゴロウというキャラクターと、トラゴロウを主人公とする物語は、この同人誌『ぷう』で生まれた。『目をさませトラゴロウ』は、1965年になって刊行されたが、現代の幼年童話の先駆けであると同時に、現代幼年童話を代表する作品の一つになっている。
 『目をさませトラゴロウ』に一貫している主題は、やはり、「自己同一性」(神宮輝夫・講談社文庫版解説)であり、「子どもの自立性」(さねとうあきら・フォア文庫版解説)だろう。巻頭の「一つが 二つ」では、山の発明家である、きつねが、たるのかたちをした、1つのものを2つにする機械を自慢げに持ち出す。さるは、りんごを、うさぎは、にんじんを2つにふやしてもらうが、トラゴロウには、2つにしてもらうものがない。そこで、自分自身を2つにしてもらおうと、機械のなかに入り込む。そうすれば、1ぴきが竹やぶで昼寝をしているあいだに、もう1ぴきが肉まんじゅうをさがすことができるというわけだ。トラゴロウは、無事2ひきになるけれど、2ひきは、それぞれ、自分がほんとうのトラゴロウだと主張して、たちまち大げんかになる。きつねは、今度は、2つのものを1つにする機械を発明せざるをえなくなるのである。1ぴきだけのトラゴロウにもどったは、はずかしそうにいう。「ほんとうの トラゴロウは ぼくだけだ。(中略)やっぱり ぼくは 一ぴきだけのほうが いいなあ」。2番めの話「きばを なくすと」では、トラゴロウが右のきばをうしなう。おかあさんは、「あんたは きばが いっぽんしか ないじゃないの。さあ、しらないとらのこなんか、はやく でていってちょうだい」といい、トラゴロウは、なくしたきば(あるいは、なくした自分)を探す旅に出なければならなくなる。
 竹やぶで、きせるでタバコをふかすとらというイメージは、韓国の昔話の語りはじめのことば「むかし、むかし、まだ、とらがタバコをすっていたころ……」を思い出させるし、「きばをなくすと」で、なくなった右のきばをさがすトラゴロウが、にわとり、ぶた、ひつじにたずね、彼らから試練をあたえられるところは、「したきりすずめ」を連想させる。現代幼年童話の代表作は、昔話的な磁場のなかで創造されたともいえる。巻末の「目をさませトラゴロウ」で、トラゴロウが、とらのすけをさがす場面は、宮沢賢治の「どんぐりと山猫」を下敷きにしていて、賢治童話の影響も見のがせない。
 井上洋介の挿絵は、トラゴロウの見事な形象になっていて、物語世界を豊かにふくらませている。
 1980年には、講談社文庫の1冊としても刊行された。

[解題・書誌作成担当] 宮川健郎