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 60年安保闘争や東京オリンピックを経て、経済的に飛躍的な成長を続ける一方、さまざまな社会のひずみも見えてきた時代を背景に、強権的な大人に対抗する行動力あふれる子どもを描いた長編物語。孤独な子どもの内面を描くリアリズム作家として定評のあった大石真(1925〜1990)が、自身の編集者としての経験から、児童文学は「子どもにおもしろくなくては駄目」と考え、エンターテインメント性を追求した作品である。
 ある地方都市の高級洋菓子店、金泉堂。ショウウインドウにはチョコレートの城が飾られ、子どもたちのあこがれを一身に集めていた。ある日、そのショウウインドウのガラスが音をたてて砕け散る。たまたまそこに居合せた光一と明は、有無を言わさずガラスを割った犯人にされてしまう。とりあえずは、学校の先生にその場を納めてもらうが、一方的に犯人と決めつける金泉堂の支配人や社長の金兵衛氏の態度に、少年たちの悔しさはつのる。そこで光一は、抗議として店のシンボルであるチョコレートの城を盗み出す計画をたて、一方明は、学校新聞にこの事件をとりあげて大人の横暴さを訴えようとする。ところが、チョコレートの城を奪うという計画は、金泉堂に事前に漏れてしまい失敗。しかし、学校新聞の方は多くの子どもたちの心を動かし、ケーキ不買運動が広がる。大量に売れ残ったケーキを前に、金泉堂の大人たちは頭を抱え、さらにこの事件を知ったトラック運転手が真の犯人だと申し出るに及んで、子どもたちの逆転勝利は決定的となる。やがて子どもたちの学校には、金泉堂から、おわびのケーキがとどけられるのである。
 この作品では、テンポのよいストーリー展開、大人対子どもというわかりやすい構図、子どもの勝利という結末の解放感といった、子ども読者を楽しませる側面が何より優先されている。それに対して、ガラス破損の事実関係を大人たちが詳細に調べなかったり、ニセモノのチョコレートの城という設定が不自然であったりといった、細部のあいまいさもしばしば指摘されてきた。しかし、「デフォルメされた作品」(向川幹雄、1975)、「事件にたいして、深すぎる意味づけを避け」(寺村輝夫、1982)たエンターテインメント作品として読むのが、やはり妥当であろう。興味をさそう魅力的な書名、子どもたちをひきつける「食べもの」の要素、ふんだんに盛りこまれたユーモラスな挿絵なども、一冊をより楽しいものにしている。そうした手法にのせて、子どもたちの行動的な姿、その可能性を描いたことが、この作品の価値といえる。
 叢書「童話プレゼント」版、理論社名作の愛蔵版、名作ランド版、新・名作の愛蔵版、いずれも多くの版を重ねているロングセラー作品である。

[解題・書誌作成担当] 奥山恵