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 三部構成の戦争児童文学の長編。乙骨淑子(1929〜1980)の第一作であるが、自身の体験を踏まえた作品が多い中で、訪中経験すらない乙骨が資料をもとに描いた本作は、戦闘以外に戦場あるいは占領下の生活にも目が向けられており、評価が高い。1960年を代表する戦争児童文学の一つである。
 第1部では、少年通信兵として北中国に配属され、故郷の山に似たぴいちゃあしゃん(筆架山)に心を奪われる隆が登場する。通訳係のイェン・ユイ少年は日本軍が中国人にヘロインを売っていることを隆に教える。衝撃を受けた隆は、イェン・ユイと次第に心を通わせ、日本軍に疑問を感じ始める。イェン・ユイが憲兵に追われ怪我をすると、部隊の移動命令が出ていた隆は、彼をぴいちゃあしゃんのふもとの家に送る決意をした。第2部では、無事ユイを送り、遅れて部隊に到着した隆を待っていたのは制裁と営倉入りだったことが語られる。営倉で見たヘロイン中毒に苦しむ中国人の姿は隆の苦悩を深めた。隆にとって初めての激戦が起こった。日本軍は完敗し、尊敬する大尉は自爆死した。自分を苦しめ続けた上官の死体を見つけると、隆はヘロイン問題を追及するためにも生きる決意をし、歩き続ける。第3部では、隆の合流した先遣隊はゲリラに悩まされながら進軍し、ぴいちゃあしゃんのふもとに陣地を構えたことが描かれる。偵察に出た隆はイェン・ユイと再会し、ぴいちゃあしゃんに既に火薬が大量に仕掛けてあり、敵の総攻撃が近いことを知らされる。隆は急ぎ部隊に戻り、危機を伝える。爆破の翌日、日本軍は無条件降伏をした。敗戦を知らない隆はイェン・ユイを探して歩き出す。一緒にぴいちゃあしゃんへ登る約束を果たすために。
 隆とイェン・ユイの友情を軸に、日本軍とヘロインの問題を織り込みながらの展開は息をもつかせない。日本軍の人々、反日運動に投じる中国人などキャラクターも多彩だ。隆が感じる国や戦争そのものに対する疑問は普遍のものだ。軍国少年だった隆が自ら問いかけ悩みながら生きる姿はたくましい。すさまじい戦闘の後も生きる意欲を失わない姿は共感を呼ぶだろう。滝平二郎が挿絵を担当しており、切り絵の力強い線が作品の持つ強さとよく合っており、作品世界を更に広げる効果をあげている。
 1959年3月から同人誌『こだま』に連載されたが、「もう少しよく考えなおし、書きかえた上で先へすすめたい」と、1962年7月に第13回で中断された。その後の完結及び単行本化にあたっては、理論社の小宮山量平が熱心に助言し、乙骨を励ましたと言う。1965年厚生省・児童福祉審議会推薦図書特別賞を受賞している。

[解題・書誌作成担当] 小野由紀