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 岡野薫子(1929〜)の長編第一作。いぬいとみこの『ながいながいペンギンの話』(1957)や神沢利子『いたずらラッコのロッコ』(1968)等とともに、長編動物ファンタジーの分野を確立した作品であることはもちろん、高度経済成長の只中に、早くも文明の功罪や自然保護の重要性に着目した点など、先見性やスケールの大きさでも際立った特色を持つ。
 舞台は1800年代のアラスカ。長い冬が終わり、「エスキモー」の少年ピラーラは8歳の誕生日に父親から銛を贈られる。ピラーラは猟の技術とともに、獲物を絶やさないよう代々受け継がれてきた掟を父親から教わる。同じころ、島の南方にある岩礁にはラッコの一群がひっそりと暮らしていた。毛皮目当ての乱獲から逃れ、北の海で生き延びたその群れには、とびきり元気で好奇心旺盛な子どものラッコ「銀色」がいた。初夏、泳ぎを覚えたばかりの銀色はエスキモーの島近くにたどり着き、ピラーラと知り合う。その後、天敵に追われる銀色を追跡したピラーラ親子はラッコの住みかを突きとめるが、父親は、頭数が増えるまで猟を控えた方が良いと判断し、息子に住みかの件を口止めする。
 間もなく父親は、山と海のエスキモーが互いの産物を交換する交易へと出発する。留守番のピラーラは面白くない。ラッコに心ひかれる彼は、友人のサネックに住みかを告げ、ついに群れの存在は村中に広まってしまう。交易で猟銃を手に入れた村人たちは、「五年以上のオスだけをしとめること」という掟を破り、高く取引される毛皮を手に入れようと猟を決行した。自らの軽率な言動を悔やむピラーラは、銀色たちを逃がそうとする。
 実業之日本社の長編少年少女小説の第一作。同社の児童出版部長だった篠遠喜健によれば、坪田譲治から紹介されて生原稿を読み、作品から受けた感銘が長編創作の出版を後押ししたという(篠遠喜健、1979)。当時すでに科学映画の脚本家として活躍中だった岡野は、映画のカットバックの手法を導入し、複数の視点を駆使しながらピラーラと銀色の成長をダイナミックに描き出している。坪田譲治が「はじめのことば」のなかで「卒業制作のような作品」と紹介した本作は、第3回NHK児童文学奨励賞、第11回サンケイ児童出版文化賞、第1回動物愛護協会賞を受賞、第10回青少年読書感想文全国コンクール課題図書にも選ばれるなど、岡野の児童文学作家としての出発を飾ることとなった。1975年には自ら挿絵も担当して、講談社より文庫化。さらに初版から20年を経た1984年には一部加筆し、私家版として再出版されている。現在入手可能なフォア文庫は、この改訂版を底本としている。

[解題・書誌作成担当] 酒井晶代