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 幼年童話に新風を吹き込んだ連作長編創作童話。それまでの幼児をかわいい童心の持ち主とするものから、人間としての幼児像をリアルにとらえている。保育士であった中川李枝子(1935〜)が園児に読み聞かせたい童話として創作したもので、幼児の保育園での生活に寄り添い、その心理を踏まえ、フィクションとして描かれている。ガリ版刷雑誌『いたどり』は1冊1作を基本としていて、本書の大部分の6作はそこからまとめられたが、3年後、加筆修正、新たに「やまのこぐちゃん」を加えた計7作を本書に収録して出版した。
 4歳の主人公・しげるの通う保育園には、70もの約束があり、しげるはそれを破る常習児である。年長のほし組に憧れる等身大の園児が描かれる「ちゅーりっぷほいくえん」。積み木で作った船でくじらとりに出かける「くじらとり」では園児たちの冒険を生き生きと描き、「ちこちゃん」では人のせいにしたために女の子のまねをすることになった子どもの様子を細かく描写している。本物のこぐまがしげるのばら組に遊びにくる「やまのこぐちゃん」。園を休み、はらっぱに出かけたしげるがおおかみに出会う「おおかみ」では、しげるを食べようとしていたが逆に捕まるというおもしろさが読者を誘う。しげるの約束破りから発展したエピソード満載の「やまのぼり」。表題作では、赤色のものがきっかけでしげるは「いやいやえん」にいれられてしまい、そこで自由奔放にふるまい、違った世界を体験して、また戻ってきて、「あしたになったら、ちゅーりっぷほいくえんにいくんだ」と思う。
 本書に先立つ『いたどり』発表の翌月には、いぬいとみこが「センティメンタリズムから明らかに解放されている作品」「子どもの心の現実と空間の混合する部分を、行動によって追っている楽しい作品」「われわれの従来の幼年童話に乏しかったその二つ面をそなえている作品」(『日本児童文学』1959.8)と評し、また本書ジャケットにおいても石井桃子が「子どもをつかむこの本の威力に驚かされ、日本ではじめて子どもの世界を、子どもに理解できることばで的確にとらえる作者」の「新しい幼年童話」の「新しい出版企画」がされたと強調した。出版直後、「生活童話でなく、ファンタジーの世界と現実にもどるとけあいはみごと」(今江祥智『日本読書新聞』1963.2.28)と評価されたものの、「観察記録の域に止まる」(神宮輝夫『図書新聞』1963.3.30)との見解もあった。
 しかし、全国の保育の現場で歓迎され、出版翌年には、第2回NHK児童文学奨励賞、第10回サンケイ児童出版文化賞、第5回児童福祉文化賞(厚生大臣賞)、第1回野間児童文芸推奨作品賞など数々、受賞した。
 出版約40年で100刷を突破。いかに長く広く読み継がれてきているか、多くの愛読者を得ているかを示唆していが、全ページにまたがる実妹の百合子のイラストとの両者のハーモニーに支えられているところも大きい。
 2001年、本書の2作目に入っている「くじらとり」は、宮崎駿のスタジオジブリの製作で16分のアニメーションとなった。

[解題・書誌作成担当] 森井弘子