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 吉田とし(1925〜1988)による日本児童文学に珍しく政治問題―反乱・革命を主題にした―を素材にした作品。1961年に実際に起こったポルトガルの元大尉 エンリケ・ガルバンによって引き起こされた革命運動「サンタ・マリア号事件」をモデルにマヌエルという12歳の少年の「心の中にもぐりこむ」ことによって世界を捉えた作品。作者は、反乱の主役の元陸軍大尉エンリケ・ガルバン大尉をオリヴェラ大尉に置き換え、対して12歳の少年マヌエルを配して創作した。作品の流れは概ね現実に起こった事実に沿った形で運ばれた。挿絵は、村山知義。
 サンタ・マリア号の二等船客として、母とマイアミに転勤したパパに会うためにベネズエラのオランダ領の島、キュラソーから乗り込んだ12歳の少年、マヌエルは、母国の独裁政権に反乱を企てるオリヴェラ大尉たちの革命運動に進んで参画する。その過程で船員とも交流を深めることになる。また、同年の少年ホセとも出会う。しかし、重傷者を島に降ろすことで大尉の計画は破綻をきたす。大尉たちを救ったのはブラジル政府だった。下船した大尉たちをブラジル市民は温かく迎えた。だが、大尉たちは「ゆうやみにまぎれて」消えた。マヌエルもまた大尉たちの後を追って「ゆうやみにとけこんで」いった。
「きわめて娯楽的要素の強い児童読物を指向する新しい萌芽があった」(山中恒)という評価のある一面、作品の問題点として現実の事件を素材にしたために「素材への寄りかかり」が挙げられる(大藤幹夫)。「ガルバン大尉の『革命的な行為』の追求がどうしてもなされなければならないという内的な必然性が希薄なため、作品にリアリティが感じられない」(横谷輝)という見方もある。 
 1978年「理論社名作の愛蔵版>」して出版された。1963年第1回NHK児童文学賞奨励賞受賞。

[解題・書誌作成担] 大藤幹夫