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 『ちびっこカムのぼうけん』は、1959年8月号から『母の友』(福音館書店)に、「ちびっ子カムのぼうけん─火の山のまき─」として連載されたものに、「北の海のまき」を加筆して、1961年に理論社から刊行された、神沢利子(1942〜)の最初の単行本である。本書で第9回サンケイ児童出版文化賞を受賞する。
 神沢利子は、炭鉱技師であった父親の仕事の都合で、多感な少女時代を北海道やカラフトで過した。10歳のときに幌内川(ホロナイカワ)の川口でアザラシを見る。また、オタスの杜でトナカイを放牧して天幕生活を営む、北方少数民族の存在を知る。20歳で結婚、2人の娘が生まれるが、貧乏生活の中で1954年結核が再発する。神沢利子は「狭い四帖半の間借りのくらしで病気で寝ている日、北方の天地を舞台にはねまわる自然児ちびっこカムと共に、わたしは空を山をかけめぐった。『ちびっこカムのぼうけん』は、自分も楽しみ、解放されながらかいた。」(「祷りにつながるもの」1983.4)と述べている。
 北方の雄大なスケールの自然を舞台にした『ちびっこカムのぼうけん』の「火の山のまき」は、カムが火を吹く山の頂上に住む大男ガムリイから指輪を奪い、病気の母のために黒い湖のそばに咲くイノチノクサを採ってくる物語である。そして「北の海のまき」は、ガムリイのために北の海まで弾き飛ばされ白い鯨になったお父さんを、カムが指輪の力で助け出す物語である。
 松田司郎は、カムの冒険を「病気の母、行方不明の父を背負った主人公に周到に課せられた冒険」(『日本児童文学別冊』1979.1)としたうえで、松谷みよ子の「龍の子太郎」と同様に主人公自身の冒険心からではなく、肉親との結びつきが強い冒険であるのが特色であると指摘している。そして、「神話的スケールの大きな大自然(大宇宙)を舞台として抽出した冒険世界の底に、人間と自然は戦い合うものではなく、調和しあい、愛しあいながら生きていくものであるという<願い>を潜ませている」(同上)優れた幼年文学と評価している。また、長谷川潮も60年代の明るく積極的に行動する児童像が反映された主人公の特徴が、もっとも端的にでているのは民話や神話に基盤を置く、松谷みよ子の『龍の子太郎』であり、神沢利子の『ちびっこカムのぼうけん』であると指摘し、「この太郎やカムはまた、幼年文学といえどもこういう魅力的な主人公を持つ長編が成立することを実証した。」(『戦後日本児童文学の50年』1996.8)と位置付けている。
 本書は1967年11月「名作の愛蔵版」として改版(1999年6月で115刷を刊行)、さらに1999年3月「新名作の愛蔵版」として改版(2005年2月現在で7刷)されて刊行された。

[解題・書誌作成担当] 松山雅子