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 「王さま」という個性的なキャラクターを「幼児性の象徴」(竹内オサム)として描いたユーモアあふれるナンセンス童話の傑作。「ぞうのたまごのたまごやき」「しゃぼんだまのくびかざり」「ウソとホントの宝石ばこ」「サーカスにはいった王さま」の4編で構成された寺村輝夫(1928〜)の第一作品集である本書は、それまでに類を見ないナンセンス性で児童文学に新風を吹き込んだ。王さまシリーズは根強い人気で、シリーズ1作目となる本書は1961年の初版発行以後、1967年に「理論社名作の愛蔵版」(この版の最終重刷は2000年2月14日で153刷まで発行)、2000年には「新・名作の愛蔵版」(この版の2004年8月11日現在で13刷)と版を変え、現在でも読み継がれるベストセラーとなっている
 「ぞうのたまごのたまごやき」では、卵焼きの大好きな王さまが王子の誕生を祝うために、大きな卵焼きを作って国民に振舞う事を計画するところから物語は始まる。そのためには大きな卵が必要だと考えた王さまは、大臣達に象の卵を見つけてくるようにと命令するが、当然、哺乳類である象が卵を産むはずはない。しかし、その事に気付く者は誰一人としておらず、真剣に、あるはずのない象の卵を探し求め、苦心する姿がユーモアたっぷりに描かれている。また、「しゃぼんだまのくびかざり」では、遊び好きの王さまがしゃぼんだまに魅せられ、しゃぼんだまで首飾りを作ろうとする荒唐無稽な話になっている。この他の二篇もナンセンスでユーモラスな作品で、「どこのおうちにもこんなおうさまがひとりいるんですって」との言葉にも表れているように、子どもたちの予測不能な柔軟な発想やひらめきを王さまを通してリズミカルに描いている。
 1950年、大学卒業と同時に就職した後も創作活動に取り組んでいた寺村に、福音館から「幼児のための童話集」への執筆依頼が舞い込む。初めての依頼に喜びすぐに書き上げて持って行くが却下、その後も幾度となく書き直しを要求される。開き直って規定枚数の5枚を超す8枚からなる「ぞうのたまごのたまごやき」を書き上げ提出すると、松居直の絶賛を受け、掲載が決まった。今江祥智の推挙により1961年出版された本書では、挿絵を和田誠、装丁を長新太が担当し、コミカルなタッチのイラストで作品に力を添えた。1962年に三十書房を退社したが、1966年、あかね書房で再び出版の仕事に携わるようになり、そこで和歌山静子を知り、その画風に魅せられる。これ以後は、和田誠の仕事を受け継いだ和歌山静子が描く王様のイメージが定着している。
 作品が発表された当時は、「幼児向きのナンセンス・テールとしても新味がないし、寓意もあいまいで、これでは才能の濫費にすぎない。」(平塚武二)や、「こしがすわらずに、モチーフを手さきでこなそうとした感じ」(岩佐氏寿)などと評されたが、子どもからの支持は高く、同年の第15回毎日出版文化賞に選ばれた。

[解題・書誌作成担当] 谷口圭子