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 埼玉県川口市の鋳物工場で働く職人一家の日常生活を描いた、早船ちよ(1914〜)の長編小説。主人公少女ジュンが抱えるさまざまな思春期の問題を中軸に、昭和30年代の庶民の暮らしとそれを取り巻く社会状況を徹底したリアリズムで活写し、それまでにはなかった新しい少女像を生み出して、児童文学界に大きな影響を与えた。
 努力家で成績優秀な中学3年生のジュンは、高校進学を強く希望しているが、なかなか両親の承諾が得られない。昔気質の職人である父は工場の機械化についていけずに酒に溺れ、母がパートに出ているものの、家計は火の車だからである。加えて、手狭な家には母方の叔母が同居していて、李ラインを侵犯して韓国に抑留中の夫の帰りを待ちわびている。そういう環境の下、小学5年生の弟タカユキは鳩の飼育で小遣いを稼ごうとして、近隣の不良少年とトラブルを起こし、自身も非行すれすれの行いを繰り返している。
 物語は、ジュンがだらしない父と愚痴っぽい母に苛立ちながらも、進路の問題と前向きに取り組み、弟の不良化を防ごうと苦心する様を丹念に追っていく。その過程では、友人やその家族から「労組」や「職安」について教わったり、「帰還」を控えた在日朝鮮人の友人から「建国」への熱い思いを聞かされたり、といった時代の状況も語られる。また、叔母の出産に立ち会ったときに受けた衝撃、初潮を迎えたときの戸惑い、出産を描いたドキュメンタリー映画を見たときの感動など、十代の少女の性的な体験を綴るエピソードも随所に挿入されている。それらを経て、最終的に、ジュンは大宮の工場に女工として住み込んで独立し、夜間は定時制高校で学ぶという選択をする。
 本書の最大の特徴は、近代化の途上にある小さな町工場や、貧しい職人一家の衣食住の在りようを、手に取るように克明に描いた点にあるが、同時に、それまでほとんど題材にされてこなかった少女の性に、まっこうから取り組んだ点でも注目された。この二点が相まって、家庭の事情に強く拘束されながらも、政治や社会など外の世界にも目を向け、積極的に自分の将来を開拓していく新しい少女像を形成しえたのだと言える。また、戦後民主主義の一つの成果として「そういう少女たちが現実に育ってきたことの反映」(長谷川潮)とも考えられる。
 初出は雑誌『母と子』で、当初の読者対象は母親層だったが、連載中から子どもたちにも愛読されていた。1961年に弥生書房から一般書として出版。1962年、浦山桐郎の監督、吉永小百合の主演によって映画化されて、数々の映画賞を獲得した。同年、日本児童文学者協会賞を受賞。児童文学ではないとする見方がある一方、児童文学の枠を広げる効果に期待する評も多かった。1963年、本書を大幅に改稿した決定稿を理論社から出版。1977年、講談社文庫の1冊として出版された。ほかに、舞台化、TVドラマ化もされている。

[解題・書誌作成担当] 横川寿美子