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 戦後日本の初期のユーモア児童文学として位置づけられた作品。戦後民主主義教育への素朴な期待感が息づいた作品として評価されている。編集者であった山下明生はこの作品を手塚治虫に薦められ、子どもの本の世界に入った、という。また、今江祥智(1932〜)の処女出版にあたり、今江文学の原点とも言える作品である。
 すぐに顔を赤らめるために「ピンクちゃん」と呼ばれている山根次郎は中学生になった夏休み、高杉晋作にあこがれ、修行と称して父のお墓のある母の郷里へ一人旅をする。そこで幼馴染の昭代ちゃんに再会し、村の子どもたちが学校に円型図書館を建てるために魚やカエルを捕ってお金をかせいでいることを知る。次郎もうなぎ捕りに挑戦する。一方、次郎のことを知った担任で「いや、まあ、まて」が口ぐせの井山先生、同級生の一郎、三郎も次郎を追ってやってくる。彼らが村に到着したころ、夏祭りが開催され、次郎が電車の中で出会った花火師のおじいさんが花火を打ち上げる。祭りの騒ぎの中、田舎のチンピラたちは、学校図書館用のセメントを盗もうとし、次郎はそれを聞きつけて一度は捕らえられるが、逃げ出して、先生と子どもたちでチンピラを捕まえる。これらの過程を通してピンクちゃんが成長するという物語である。
 本作品は、著者が名古屋の中学校で教師をしていた時に、松居直の薦めもあって『岐阜日日新聞』に連載された。舞台は著者が疎開していた母親の郷里である紀州橋本である。著者は、集団の子どもたちの描き方にはケストナーの影響もあると述べている。また、「笑い」の描写が70箇所以上もあり(山下明生、1969)、作品全体の「明るさ」に通じている。子どもたちの未来は山のむこうにある洋々たる海のイメージで象徴されている。
 挿絵は連載時から毎回長新太が描いており、本にもすべて掲載された。線のみで表現されたひょうひょうとした絵と、短い文を重ねていく手法によって醸し出されるユーモラスな文章がうまく噛み合って、ユーモア児童文学の戦後の古典と言わしめる作品になった。
 発表当時はあまり注目されなかったが、角川文庫(1973)の解説で鶴見俊輔が子どもの前向きな生き方を描いたことを評価してから、再評価がなされ、ユーモア性に加えて、初恋が描かれたことが評価される(万屋秀雄、1974)一方、楽天主義過ぎる点、すばらしすぎる大人像などが批判されている。
 1960年発行時は「少年少女長編小説シリーズ」の一冊であったが、1969年には「今江祥智・ゆうもあ三部作」の一部として発行された。その後、理論社の愛蔵版シリーズ、フォア文庫、角川文庫、全集版等に所収されている。『鬼が島通信』(2000.5)には、理論社で137,576冊が理論社で売れ、角川文庫でも多くが売れたとある。

[解題・書誌作成担当] 藤本芳則