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 戦後長編児童文学へと移行していく過渡期の代表的長編童話。民話の再創造をつくりあげた最初期のものである。この秋田と信濃の民話を再創造して作り上げたスケールの大きな物語は、松谷みよ子(1926〜)にとってはじめての長編であり、講談社児童文学新人賞に入賞し出版。評判となり、サンケイ児童出版文化賞、国際アンデルセン賞優良賞を受賞した。
 松谷は、この頃、木下順二の主催する「民話の会」に所属。日本の太郎、農民の太郎、民衆の太郎を探したいという思いから、夫であった瀬川拓男とともに、民話採集にでかけ、そこで出会ったのが、信濃の「小泉小太郎伝説」であった。民話伝説を踏襲しながらまったく新しい文学世界を作り上げたい思いから、本書の太郎の物語を書くことになる。また、秋田の八郎潟の伝説もうまく取り入れた読み応えある長編童話へと仕上げたのである。
 物語は、大きく二つに分けられる。前半は太郎の誕生から友だちのあやがさらわれてしまい、助け出すまでの「龍の子太郎とあや」、後半は、村の農地改革のため、村民を救うために母を訪ねていく「おかあさんをたずねて」。龍の子太郎はたいへんななまけもので山にばあさまのつくった団子を持っていき歌ばかりを歌っている。反面、山の動物たちにも団子を分けてやる心の優しい少年でもあった。ある日、自分の母が竜になっていることをばあさまから聞き、広い農地がほしいと嘆く村人の悩みも知らされる。時を同じくして、山で友達になったあやがさらわれたことを知る。のんき坊主であった少年が正義感強い太郎へと変身し、立ち上がるのである。
 本書の魅力は、スケールの大きさ、民衆の力強さ、大らかな積極性、正義感、テーマ性もさることながら、それを支えるリズミカルな文体にもある。「東の風よ ぷいとふけ/西の風よ ぷいとふけ」など、ところどころに散りばめられた歌も、読者をぐいぐいと物語の展開へとひきつける。
 本の帯には、師・坪田譲治の「素朴で、雄大でテンポの早い野心作」、浜田廣介の「八郎潟干拓という……現代のテーマにつながる力作」と推薦文がつけられ、出版直後の翌月の新聞書評も与田凖一「メルヘン形式の再創造」(『週刊読書人』1960.9.12)、関英雄「自由な空想の物語」(『図書新聞』1960.9.17)の好評のほか、雑誌『日本児童文学』においても横谷輝が「日本の土に根づいた民話の主人公を造形しようと努力したところにこの作品の成功があ」ると評した(1960.11)。
 本書出版の約4年前に、夫ともに劇団太郎座を立ち上げたが、出版の翌年、1961年にはNHKで太郎座人形劇の放映がなされ、さらに記念すべき劇団最初の公演演目として本書が選ばれた。63年には8回連続テレビ放映され、また72年には文楽座による浄瑠璃上演、同年バレエ公演、1970年ビデオカセット化、79年には東映アニメーション映画化。その他、関西芸術座・劇団たんぽぽ・劇団銀河鉄道などで劇場上演された。
 1963年には紙芝居「たつのこたろう」前編後編(童心社)、絵本「たつの子太郎」(黒崎義介絵、講談社)も登場、67年には英語版、69年にはドイツ語訳、71年にはロシア語などが出版された。また、72年には文庫化され、79年には田代三膳の絵で函なしジャケットつきとしてリメイクされ、80年には「青い鳥文庫」の一冊に加わった。しかし、形式や大きさは変わっていったとしても、本書が重版を重ねた一因は物語の面白さだけでなく、龍や太郎をいきいきと描いた久米宏一による挿絵も大きな力となった。

[解題・書誌作成担当] 森井弘子