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 同人誌掲載時からリアリズムによる児童文学として注目された。ややもすると抒情性に傾きがちだった従来の児童文学とは逆の即物的な文体が、乾いたイメージを生み出した点も新鮮であった。社会性をもったテーマと、リアリスティックな描写が、現代児童文学の新しい側面を開拓した。
 5年生のカッコは、北海道の炭坑町のはずれにある長屋に住んでいる。両親共に働いても貧しい一家のもとに、ある日赤毛の小犬がカッコに勝手についてくる。親は反対するが、カッコは可愛がり、結局ポチと名がついて居ついてしまう。カッコの同級生にカロチンと呼ばれている裕福な家の少年研がいる。研は、脳に障害があり、ポチを以前飼っていたベスだといいはって、家に連れて帰ってしまう。カッコは奪い返すが、また連れて行かれたりと、以後ポチは、カッコと研の間を行ったり来たりする。研の母は、そんな研を治療したいといろいろ調べるうち、原爆の影響で障害が生じたのではないかと推察する。夜誰もいない学校でピアノが聞こえたり、カッコの家に赤ちゃんが生れたりと、いくつかのエピソードが語られつつ、カッコを暖かく見守る担任の女性教師をはじめ、研やカッコをめぐるさまざまな人間模様が描かれる。カッコの弟が怪我をして、医者に行こうとするのを、会社の上司が見咎めたことから、それまで仲がいいとは言えなかった長屋の住人が、組合を作るところで物語は終わる。
 貧困の厳しさを肌身に感じて生きる少女カッコを第一の主人公とするなら、もうひとりの中心人物は、原爆の後遺症ともいえる障害を持った研であろう。研自身ではなく、姉や母、さらに担任の教師に言葉が多くついやされているという意味の中心である。この二人の接点が、ポチであった。
 当時の社会状況を批判的に語るための、抒情性の極めて希薄な即物的な文体は、内容とマッチしていた。また、オノマトペが多く、感覚的にイメージがつかめるのも、即物的な文体とあいまって当時としてはかなりの長編でありながら、一気に読ませる一因となっている。
 初出は、同人誌『小さい仲間』。連載だったが、山中恒(1931〜)によれば原稿は一括して用意されていたという。単行本になるまでに時間を要したのは、出版社が見つからなかったのが理由。鳥越信の奔走で、ようやく理論社から出版。1969年には装幀をかえて「愛蔵版わたしの本」の1冊となったほか、「名作の愛蔵版わたしのほん」に収められた特装本もある。
 同人誌連載中より、話題になり、中国の文芸雑誌にも評言が掲載されたと言う。1956年に日本児童文学者協会の新人賞を受賞。同人誌連載中に「新しいリアリズムが、あらわれた」(中村新太郎、1955.8)と評され、「出来事の展開が必然的に人物をえがきだしていく方法が、ここでほとんどはじめてでき上がった」(神宮輝夫、1974)と評価される一方、「思いのほか野心だけの失敗作だったので、困ってしまった。」(山室静、1957.1)、との新人賞選評も見られた。

[解題・書誌作成担当] 藤本芳則