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 小人の登場する本格的ファンタジーとして、『だれも知らない小さな国』(佐藤さとる)と並び称されるいぬいとみこ(1924〜2002)による作品。日本に西欧風のファンタジーを導入した最初期の作品として意義がある。戦前から戦後にかけてを時代背景として、戦争の影がはっきりと描かれている点に、『だれも知らない小さな国』との内容上の相違が見られる。
 森山家の主人達夫が小学生の頃、イギリス人の先生マクラクランに小人のアッシュ家の世話を託される。以後、子どもたちが世話を引き継いで、今は、達夫の一番下の子どものゆりが担当している。1933年、英文学者となった達夫は、戦争を批判する非国民として警察に連れていかれる一方、次兄の信は愛国少年となり、イギリスからきた小人たちを敵視する。戦争はだんだん激しくなり、達夫の祖父母が住んでいた信州野尻湖に小人達も一緒に疎開することになる。信州では、アッシュ家の子ども、ロビンとアイリスが、日本の妖精アマネジャキに遭遇する。小人たちは、人間に見つかりそうになり、アマネジャキの元に引っ越すが、再びゆりのもとに帰ってくる。戦争がおわり、ゆりも東京へ帰る日がくると同時に、ふとした偶然から小人たちはイギリスに健在でいるマクラクランのもとに行くことになる。しかし、日本をたつのは両親だけで、ロビンとアイリスは、アマネジャキの元に戻る。
 イギリスの『床下の小人たち』(メアリ・ノートン)と同類のファンタジー。日常のなかに非日常の世界が展開される、いわゆるエブリデイ・マジックと呼ばれるものである。日本でのエブリデイ・マジックへの道を拓いた作品のひとつとして、重要な作品である。
 西洋の小人だけではなく、アマネジャキという伝統的な小鬼を登場させてはいるが、全体に西欧風の趣が強い。戦争を批判的にみる視線が濃厚で、たんなる冒険譚や不思議な話だけに終わらない。
 初版は、中央公論社より出されたが、1967年福音館書店より新装版として再刊。挿絵は、中央公論社版と同じ吉井忠だが、新しく描いたもの。続編に『くらやみ谷の小人たち』(1972)がある。第4回アンデルセン賞国内賞を受賞。1972年角川文庫に収録。

[解題・書誌作成担当] 藤本芳則