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 アジア・太平洋戦争末期の1944年7月、日本政府は大都市に住む子どもたちを空襲から守るため、集団で田舎に疎開させることを決めた。この学童集団疎開を体験した柴田道子(1934〜1975)が、その体験を踏まえて書いたのが本作品である。集団疎開を扱った最初の長編児童文学とされる。
 国民学校5年生の千世子は、家族と別れて静岡県修善寺での集団疎開に参加する。千世子の班の班長は6年生の克枝である。克枝は、父親の戦死が知らされて以降、班員への陰湿ないじめをエスカレートさせていき、千世子もその対象にされていく。一方、千世子を疎開先まで訪ねてきた長兄は、生き抜くことが人間の一番の価値だと言い残して戦死する。戦局の悪化にともない、千世子らはさらに富山県へと再疎開し、日本の勝利を信じて空腹に耐え続ける。しかし突如訪ねてきた父から、空襲で父以外の家族が焼死したことを知らされ、強い衝撃を受ける。そして敗戦。千世子は「ふいに大黒柱を倒されて、その下じきになった」気持ちになる。幼い武は腸チフスを患い、栄養失調も重なって死ぬ。千世子と共に下級生の世話をしてきた孝は、もう大人にはごまかされないと言う。千世子もまた、「私は自分で正しいと思うこと、自分の良心にだけ服従します」と先生に告げる。
 初出は同人誌『こだま』。ただし3回しか掲載されなかった。特攻に入った長兄の死、克枝という登場人物、いじめというモチーフ、静岡から富山への再疎開という展開、家族の空襲による死、敗戦以降の出来事などは初出にはない。語り手の視点は、戦時中に一般的に信じられていた戦争観、歴史観に立っている。千世子は模範的な皇国少女であり、つらい現実によく耐え、体の弱さを気力で補う。そしてむしろ疎開生活から学んでいこうとする。
 出版当初は「追体験のみでは、児童文学としては、ナルシズムに終わってしまう」(那須田稔、1959)といった批判もあったが、鶴見俊輔が述べるように子どもの視点で書いた最初の作品として価値がある。また、子どもが戦争に対して受け身であるよりほかなかったことを示した点では、「児童としての戦争体験者による戦争告発」(長谷川潮、1993)の最初の作品としての意味も持つ。1960年、サンケイ児童出版文化賞の推薦図書となった。

[解題・書誌作成担当] 相川美恵子