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 本書は「岩波少年文庫」の179冊目として出されたもの。1950年から刊行を開始したこのシリーズは外国の名作長編の翻訳児童文学を主としたものであったが、本書のように日本の、しかも民話集を叢書の一冊として出した最初のものとして注目される。
 「夕鶴」など民話劇で活躍し、「民話の会」の代表もつとめていた木下順二(1914〜)によって、『聴耳草子』や『日本昔話名彙』などを参考に再話したものが、13編収録されている。冒頭作「ツブむすこ」では子どものない夫婦のところにツブ貝が授かり、そのツブが長者の娘を嫁にもらい幸せに暮らすという昔話を代表するパターンになっている。そのほか、名前を当てる掛け合いが興味をそそる「大工と鬼六」、お囃子にはやし立てられ舞って舞って舞う「こぶとり」、「キコバタトン/カランコカランコ」と二者の擬音語のまねっこがおもしろい「瓜コ姫コとアマンジャク」、頭巾を被った藤六に小鳥の歌や話が聞こえる「ききみみずきん」など、日本の民話としてはおなじみのものが選ばれている。
 作者自身があとがきで記しているように、民話はその語りが重要な要素を持っている。すなわち文体である。「かにむかし─さるかに─」は、本書出版から約1年後、「岩波子どもの本」として清水昆の絵で絵本化されたが、その文体は接続詞以外ほとんど書き換えることなく本書のままであった。「はよう芽をだせかきのたね/ださんとはさみでほじりだすぞ」は子どもたちもその調子につられつい口ずさんでしまうリズミカルな口調となっている。本書出版前に書いた「民話について」(『日本民話集』アルス、1954)の中で木下は、長い間に語り継がれてきたものであるため、その時代に変更され新しいものとして生まれ変わる要素があること、民衆特に農民の深く感じた強い願いが民話の中に表現されていることを述べている。また本書出版に先だって、「聞耳頭巾」(1947年、NHK)、「瓜子姫とアマンジャク」(1953年、文化放送)など放送劇で上演されたものがあることを考え合わせると、その劇化で体得した文体が本書に生かされたともいえる。

[解題・書誌作成担当] 森井弘子