表紙 本文 挿絵

(画像をクリックすると大きな画像をご覧いただけます)
 第1部「あらしの歌」(第1巻)および第2部「光の歌(第2巻)」より構成される長編児童文学。
 作家・国語教育学者の石森延男(1897〜1987)は札幌で生まれ、小学校勤務ののち満州に渡り、現地の日本人のため国語教科書の編纂に携わるようになる。その後は、戦後の学習指導要領や国定国語教科書の策定に尽力したことで知られるが、教員時代より童話・童謡の創作を始め、『もんくーふおん』(1938年)で評価を確立したとされる(この作品は帰国した翌1939年、『咲き出す少年群』として公刊し、第3回新潮賞を受賞)。その石森が戦後の長編創作に挑み、出版当時非常に高い評価を得た作品が本作『コタンの口笛』である。
 物語は、コタン(アイヌ集落)に住む中学生の姉弟が、日本人の執拗な差別や偏見と闘いながら成長し、やがて和解して友情を築くまでの姿を描いたもの。根深く残るアイヌへの差別に屈することなく、周囲の善意ある理解者に支えられて強く生き抜く姉弟の様子が北海道の雄大な自然とアイヌの風俗・伝説を背景に綴られた作品。
 石森が「同級生のアイヌの子どもたちと別れるのがつらくて、六年から上級学校へという通常のコースをたどらずに、彼らといっしょに学ぶために高等小学校に進んだ」(砂田弘『日本児童文学』1985.6)というエピソードもあるが、これは、「著者の創作動機を形成した重要な要因の一つとして考え得るだけでなく、一貫してヒューマンな友愛を謳う石森文学の起源」(遠藤純『たのしく読める日本児童文学』ミネルヴァ書房、2004)と考えることはあながち的外れなことでもあるまい。
 本作が現代児童文学の先駆けとなった画期的な作品であり、出版当時より高い評価を得たことはよく知られている。第1回小川未明文学賞およびサンケイ児童出版文化賞を受賞、またテレビやラジオ、映画等多様なメディアで再々取り上げられたことは以上を傍証するものであろう。しかし一方、1970年以降はアイヌ民族に対する善意のあり方や、差別問題の取り扱いについて問題提起がなされてもいる。こうした評価をも承け、あらためて石森文学の総括的な研究が期待される。

[解題・書誌作成担当] 大藤幹夫