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 戦前の幼年向き物語の通念をくつがえし、ペンギンの兄弟の成長を物語性豊かに語った長編。擬人化されたペンギンも、生態を踏まえたもので、たんに幼児を動物におきかえただけのものではない。戦後の新しい幼年童話の地平を切り拓いた作品である。
 ペンギンの兄弟が卵から生れるところから話がはじまる。冒険心旺盛な兄がルル、慎重な弟はキキと名付けられる。ルルは、一人で雪原に出たところをカモメに狙われ、辛うじて逃げたものの疲れ切って倒れたところを鯨漁にきた人間に見つけられる。島中のペンギンたちは、捕鯨船を取り囲み、ルルを取り戻す。夏、兄弟は小さな氷山の上で眠ってしまい、流されてしまう。困っていたところをクジラの子どものガイが助けてくれるが、帰る途中シャチに襲われる。ルルは、海に飛び込みシャチの注意をそらせ、2匹を助けることに成功する。しかし、ルルがたどり着いたのは皇帝ペンギンの王の支配する島で、捕まってしまう。見張りの番兵も王の横暴さがいやで一緒に逃げだす。それから長い時間がたった。2匹とも大きくなり、水潜りの稽古も馬鹿にして参加しないで見ていた時、大カモメの群が襲ってくる。ひとり離れていたルルも先生が怪我をしながらも庇ってくれたおかげでかろうじて逃げる。ルルは、勝手な行動をとったことを反省するのだった。
 幼年童話は短編というのが常識であった時代に、長編の幼年童話としての意義は極めて大きい。いぬいとみこ(1924〜2002)も、一抹の不安があり、前もって保育園で知人に読んでもらい、実際に幼児に受け入れられることを確認した。それほど長編幼年童話は冒険だったのである。長編という以外にも動物ファンタジーの新たな方向を示した作品としても見過ごせない。
 同人誌『麦』に掲載ののち、『子どものしあわせ』(1956.10〜1957.1)に連載。のち加筆の上単行本となった。初版部数は3500。いぬいの回想によれば、3年ほどの間に10版まで出たらしいが、出版社が倒産、絶版となった。しかし、文学教育に熱心な教師の要望もあり、1963年に理論社から大きな判型で再び世にでた。理論社の小宮山量平の英断によるものと、いぬいはいう。
 題名は、カレル・チャペックの「ながいながいお医者さんの話」からとられている。外国のペンギンを扱った記録映画に触発されてペンギンが主人公に選ばれたという。当時は、まだよく生態が知られていなかったため、冒頭部分の抱卵の様子が、単行本にさいして書き換えられた。岩波少年文庫に収めたのち、1990年に改版する段階で、再度新しい知見に従って書き直した。このことは、いかに作者が、生態を踏まえた動物物語にこだわっていたかを示す。
 初版の挿絵は、可愛らしさが強調された童画風で、いぬいは、落胆したと回想している。理論社版では、漫画風のタッチから写実的な山田三郎の絵に変わっている。
 取材のひろがりや、「理論的に解明するよりまえに、とにかく、りくつなしにぐんぐんひきつけられていくおもしろさ」(鳥越信、1957.3)を称賛する声が多かった。中国やスロバキアにも紹介されたという。人形アニメや紙芝居にもなっている。

[解題・書誌作成担当] 藤本芳則