表紙 本文 挿絵

(画像をクリックすると大きな画像をご覧いただけます)
 無国籍童話の典型的作品で、戦後初期の児童文学の一断面を鮮やかに示している。無国籍童話とは、敗戦後数年のうちに書かれた、架空の国を舞台に、社会諷刺に富んだ作品のこと。日本社会の批判をテーマとしていたが、登場人物の名前や地名が外国風であり、架空の場所を舞台にしていたためにこう呼ばれる。
 コルプス先生は、水飴が大好きな優秀な医者。昔、王様の作った鐘の音が原因で町に病人が続出したので、先生は、鐘をやめようと町に提案する。しかし、議員のヘベスが、鐘は文化遺産だと反対する。本当は、ヘベスは、ホテルを三つ経営しているので、鐘目当ての観光客が減少すると困るからだった。すったもんだのすえ、鐘をヘベス氏のホテルの近くに移動させることで、決着がつく。あるとき、コルプス先生のもとに、原因不明の病気にかかった子どものお母さんが、往診を頼みに来る。診察した先生は、伝染病かもしれないと、子どもたちに集団検診を受けさせ、薬をのませる。先生の薬は苦いので有名だったが、水飴を混ぜて甘くしたため、子どもたちの人気を得る。一方、ヘベスは、観光客を迎えに駅まででかけたところ、伝染病を理由に汽車は素通りする。客に逃げられたヘベスは先生を非難し、失脚をはかるが、子ども達が先生を応援する。先生は、やがて病気の原因のばい菌を発見する。町を流れる川下の国からばい菌について講演依頼がきて、先生が出発するところで物語は終わる。
 王様の作った鐘が人々を苦しめることや、自分の利益だけを考える議員ヘベスに、戦前の価値観や腐敗した官僚が痛烈に諷刺されている。一般に無国籍童話は、諷刺が表面的になりがちであったことや、諷刺という方法と読者との距離が問題とされるが、本作は、ストーリー性豊かな点に、今でも楽しめる要素をもっている。
 初出は、『子供の広場』(1947.11)。短編だったが、単行本では、鐘をめぐるエピソードの追加など、大幅に手を入れたため、初出の五倍以上の長編となった。さらに1976年に偕成社文庫に入れるにあたって、「約三〇年の年月のずれをすこしでもなくして、現在の読者に語りかけるのが当然」と全面的に改めた。
 好意的な批評が多い中、「資本家、役人というものが皮肉られながら、労働者は登場しないのであった。」として、自己変革を考えていない(古田足日、1955.9)との指摘もあった。続編に『コルプス先生馬車へのる』があるほか、コルプス先生の登場する戯曲に「コルプス先生動物園へ行く」などもある。
 筒井敬介(1917〜2005)作者自身の脚色で、NHKでラジオドラマとして放送された。

[解題・書誌作成担当] 藤本芳則