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 戦後まもない時期に発行された本書『ノンちやん雲に乗る』は、戦後日本児童文学の出発点に位置すると同時に、その後の石井桃子(1907〜)の「理論家・啓蒙家としての、そしてまた作家としての、まさに原点」(清水真砂子)とされる。
 戦後の混乱期にあって、戦争を挟んで中流家庭の家族のありようを爽やかに、のんびりした文体の作品として貴重である。すべての価値観が崩壊した中で「個」の意味をも問いかけた作品としても注目される。ノンちゃんが、お母さんが「田代雪子」という名前を持っていたことに気づき驚くことに象徴される戦後民主主義の兆しが見られ、戦後児童文学の出発点に位置づけられる。
 物語は「いまから十四五年まへの、ある晴れた朝」に始まる。ある日ノンちゃんが眠っている間にお母さんとにいちゃんが東京へ行った。それを知ったノンちゃんは大泣きに泣いた。近くの氷川様の森に行ったノンちゃんは木に登った。木の間から池が見える。それが「空」のように見えた。その「空」にノンちゃんは落ちた。
 雲の上で熊手を持ったおじいさんと出会う。おじいさんは、ノンちゃんに「身の上ばなし」を聞かせてほしいと言う。おじいさんは、学校の成績が全甲で「先生の言ひつけをよく守る」ノンちゃんより「いぢ悪」でやんちゃなにいちゃんの味方ばかりする。おじいさんは、ノンちゃんに「人にはひれふす心がなければ、えらくはなれん」と話して聞かせた。ノンちゃんは「一生のうち、いつかきつと一度、あの雲のことを、はじめからおしまひまですつかり誰かに話してみよう。」と考える。
 大地書房版出版の時は、あまり注目されなかったが、1951年光文社から《カッパ・ブックス》として出版されて話題になった。《少年文学代表選集(1)》(光文社、1949)や《少年少女日本文学全集(16)》(講談社、1962)、『作品による日本児童文学史(3)』(牧書店、1968)にも収録された。ほかに福音舘書店(1967)、角川文庫版(1973)もある。1951年『ビルマの竪琴』(竹山道雄)と共に第一回文部大臣賞を受賞。1955年倉田文人監督の手で映画化された。病気で静養していた原節子、少女ヴァイオリニスト鰐淵晴子の出演で話題になった。
 浜野卓也は「新しい市民社会での、新しいエリート誕生のための物語」と読んだ。また安藤美紀夫は「主人公不在の児童文学」、上野瞭は「温室の中で育成され、傷つくことも疑うこともないままに『ノンちゃん』は受け入れられ、生長していった」という。敗戦について「かなしい戦争はかなしいおわりをつげ」たと書くあたりに時代を反映させている。

[解題・書誌作成担当] 大藤幹夫