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 プロレタリア文学運動の解体後、運動に参加した作家たちの何人かは、急速に児童文学への関心を高めていった。「転向の一形態」(鳥越信)という側面は免れないが、1935年前後から顕在化するこの動きもまた、戦時下の児童文学を特徴づけることとなった。徳永直(1899〜1958)は、中野重治や壺井栄らとならんでこの系譜に属する作家の一人である。徳永はすでにプロレタリア児童文学運動のなかで「欲しくない指輪」(『少年戦旗』1930.3)を発表していたが、特に1940年以降、『小学五年生』『小学六年生』などの学年別雑誌や『少女の友』などへの寄稿が増えている。
 本書は徳永にとって初の児童向き出版となった。収録作品には、例えば「イネちゃん」(『幼ない記憶』桃蹊書房、1942)のように、本書収録に先立って大人向きの小説として発表されたものも含まれている。小説の延長上に児童文学を位置づけるこのような姿勢は壺井栄などにも共通しており、リアリズムのあり方が模索されていた当時の児童文学に、一つの方向性を示したと言えよう。
 甚左どんは怠けながら草取りをしたものだから幸せになれなかったことと、自分たちの草取りの思い出を描いた「甚左どんの草とり」をはじめ、収録作の大半は自らの少年時代に取材した作品であり、「わたくしはわたくしのいままでの生涯で、一ばん大切だつたと思ふこと、いつまでも忘れられない子供のころの出来事なぞを、一生けんめいになつて書いた」(「この本を書いた感想」)とする。過去に取材することは時局への消極的抵抗であったが、子どもと大人が共有可能なモチーフを求めて方法論的に選ばれたものでもあった。冒頭の「この本を書いた感想」から、その方法や児童文学観の一端を伺うことができる。
 初版は15000部刊行。「隣組の畑」を除く5編は、戦後まもなく『泣かなかった弱虫』(十月書房、1947.3)のタイトルで再刊されている。

[解題・書誌作成担当] 酒井晶代