表紙とジャケット 本文 挿絵

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 下畑卓(1919〜1944)の第一童話集。学校生活を中心に、子どもの日常をリアルに描いた作品を収める。1940年度日本新人童話賞(大阪童話教育研究会制定)を受賞した表題作や、前年度の同賞第二位となった「修学旅行」(二作とも「あとがき」では年度が一年ずれている)は、夭折の作家・下畑の代表作であると同時に、プロレタリア児童文学運動の解体・転換後に現われた生活主義・集団主義童話の理論を、当時の新人たちがいかに受容したかを物語る一例ともなっている。
 収録作品の初出に目を転じると、同人誌『新童話集団』や『新児童文学』とならんで、『少年倶楽部』掲載作が見られる点は興味ぶかい。当時、「生活童話の『生活性』を深化させればそれは童話性に背反し、小説文学などの『生活性』に接近する」(関英雄)との指摘があったように、生活童話が変質過程をたどりつつあったこの時期、新人たちを中心として、童話から少年小説へ一種の越境が推し進められた。発表誌からうかがえる下畑の執筆姿勢は、このような新人たちの意識の反映とも受け取れる。
 本書の出版には巽聖歌の尽力があった。巽の回想によれば、二人の出会いは1940年初秋、下畑が巽宅を訪問したことに始まるという。挟み込みの広告には、関英雄『北国の犬』、新美南吉『おぢいさんのランプ』とともに新人童話集の一冊としてラインナップされている。いずれも巽の企画と推測されるが、二ヶ月前に出版された『北国の犬』は函入りで出版できたものの、わずかな時間差で用紙の調達がかなわず、本書は函なしで刊行することになったという(関英雄『体験的児童文学史(後編)』理論社、1984)。ジャケットと本体が別装になっているのは、あるいは幻に終った函の名残かも知れない。初版は3500部。
 同時代評としては、水藤春夫が「新人とその作品」(『新児童文化』第4冊、1942.5)のなかで収録作のいくつかに言及し、構成力と筆致の鋭さを評価する一方、表現偏重のあまり、内容が表現に左右される危険性を指摘している。菅忠道ほか「児童文学の文学性(座談会)」(『昭和文学』1942.12)、塚原健二郎「童話文学の整備のために」(『少国民文化』1943.1)等にも短評が見られる。

[解題・書誌作成担当] 酒井晶代