函と表紙 本文 挿絵

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 関英雄(1912〜1996)の第一童話集。「復興現象」のなかでデビューした新人たちには、大正期の童話童謡運動を読者として体験した人々が含まれていた。関は少年時代から雑誌『童話』の投稿家として活躍し、仕事に就きながら同人誌で文学修行を積んだ一人である。本書の収録作も半数以上が『羊歯』『童話新潮』『童話草紙』等、10代から20代にかけて参加した同人誌を初出とする。潮来を舞台とした「曲馬と舟」「橋の上の少年」以下、収録作のほとんどは自らの幼少年期に取材した回想的な作風で、繊細で物静かな子ども像や抒情的な風景描写など、戦時下の状況とは大きな隔たりがある。こうした題材選択の動機に時局への抵抗があったことは容易に推測できるが、それ以上に、書き手として子ども時代に深い思い入れを抱いていたことは「あとがき」に詳しい。なお、数例ではあるが「青い船と三輪車」で、主人公が出会う西洋人が「アドルフ」という名前の獨逸人に改められている等、初出との異同等に時局色がにじむ作品もある。
 『体験的児童文学史(後編)』(理論社、1984)で、関は出版までの経緯を振り返って概ね次のように述べている。出版は巽聖歌の企画のよるもので、1941年秋から準備にとりかかったが、日本出版文化協会への原稿提出から実際の出版までに7ヶ月を要した。一番の原因は、召集や徴用による印刷所の人手不足であったという。発行所では函用の厚ボールが調達できず、薄手のボール紙で代用したが、続いて刊行された下畑卓や新美南吉の童話集ではそれもかなわず、函なしに変更されたようだ。
 初版は5000部刊行。先述の『体験的児童文学史(後編)』によれば、最終重版数は3版であったという。収録作への同時代評としては、水藤春夫「新人とその作品」(『新児童文化』第4冊、1942.5)がある。水藤は、岡本良雄や下畑卓のリアリズムに対して、関の特色をロマンチシズムに見出し、繊細な美への憧れを指摘している。一方、塚原健二郎は「童話文学の整備のために」(『少国民文化』1943.1)で本書をとりあげ、「むしろ小説に近い作品」と評価する。一見相反する評価のなかに、ロマンチシズムとリアリズムの接点を追求した本書の特色がよく現われている。

[解題・書誌作成担当] 酒井晶代