函と表紙 本文 挿絵

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 日中戦争以降、とりわけ1938年の内務省「児童読物改善ニ関スル指示要綱」を契機として、児童文学の世界でも言論・出版統制が強化された。統制下では、文部省や出版文化協会による推薦図書制度も実施され、芸術的児童文学は権力の保護下で一時的な復興期を迎える。こうした追い風のもと、1940年から42年頃までに新人の童話集が相次いで出版された。本書は小出正吾(1897〜1990)にとって第三童話集にあたり、その意味では他の新人童話集と一線を画する。しかし前の二冊は宗教童話集であり、本書によって広く新進作家として知られるようになったという点で、やはり戦時下の「復興現象」のなかに位置づけることが可能であろう。
 各編の末尾には制作年月が記されており、収録の8編はそれぞれ1925年から1939年までに執筆されたことがわかる。冒頭に収められた「太あ坊」は第2回童話作家協会童話賞受賞作で、小学校を卒業したばかりの少年が父親と古鉄堀りに従事する物話。結末では飛行機工場への就職が暗示され、日中戦争下の生産力増強という国策に沿った内容になっている。「どれも子供生活の実際に取材した、いはゆる生活童話といふ点では一貫してゐるものを選びました」(「あとがき」)とあるように、収録作はいずれも少年時代の思い出や身近な体験を発展させたリアリズムを基調としているが、いじめっ子に白い雀を見せる少年の苦悩を描いた表題作を筆頭に、底流に宗教色を感じさせる作品が多い。また、子どもの純粋さや快活さが大人たちを感化していく「靴磨きの小父さん」等には童心主義の伝統も感じられ、宗教色とならんで本書の個性となっている。
 「あとがき」によれば、本書の出版は「太あ坊」の受賞記念作品集として企画されたもの。初版の発行部数は不明だが、5版では、紙質の劣化が著しく初版と比べて本の厚みが大きく異なるものの、4000部を発行。所見の第5版には「文部省推薦児童図書」の表記が見られる。同時代評としては関英雄が「童話集『白い雀』読後」(『童話精神』1941.4)のなかで、「一寸見にはナマの現実を素材としてゐるやうでも、作者の童心は童話といふ観念の枠内で素材を消化し尽くしてゐる」と特徴を指摘している。古谷綱武『児童文学の理想』(帝国教育会出版部、1942)にも、関の言葉を引用した言及がある。

[解題・書誌作成担当] 酒井晶代