函と表紙 本文 挿絵

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 宮沢賢治(1896〜1933)没後、初めて公刊された子ども向け単行本童話集。表題作ほか、5編を収録。
 当時、児童文学界で地位を得た坪田譲治を解説に起用、小穴隆一に挿画装幀を依頼した。用紙・印刷・装幀等すべてにおいて豪華な造本で、文部省推薦図書指定を受けて広く読まれた。児童文学作家としての賢治の名を知らしめた初めての童話集である。
 発行元の羽田書店は、羽田武嗣郎が1937年に設立した書店。元朝日新聞政治部記者であった羽田は、地方の農村更生に熱意を持ち、当時山形で実践を行い成果をあげつつあった賢治の後輩・松田甚次郎を訪ね、その実践記録を『土に叫ぶ』(1938)として刊行。同書は、当時の農本主義を第一義とする世相に合致し、爆発的な人気をもって迎えられた。それを機に、書店は松田と組んで大人向きの賢治選集ともいえる『宮沢賢治名作選』(1939)を刊行、これも非常な好評をもって迎えられたが、これに引き続き刊行されたのが初の子ども向け童話集『風の又三郎』であった。
 「風の又三郎」は、折からの劇団東童による劇化、加えて1940年、日活による映画化(映画文部大臣賞)という他メディアにおける受容も加わり、広く一般に浸透。当時、「風の又三郎」冒頭のうたはブームめいた盛り上がりとなって、児童文学作家としての賢治の名を周知させた。表題作「風の又三郎」は、9月の新学期、山あいの小学校に北海道からの転校生・高田三郎がやってきて、村の子どもたちと過ごした12日間を描いたファンタスティックな物語で、生前未発表の作品。未完ではあるが、著者・宮沢賢治の代表作であると同時に、日本児童文学における不朽の名作とされ、広く読み継がれている。
 なお本書刊行の2年後、同じ紙型を用いながら、小穴の挿画を外した廉価版童話集(函なし)を刊行、これは表紙をぺーバーバックとし、サイズも少し小さく用紙の質も落とした本だった。1971年ほるぷ出版から復刻版が出た。

[解題・書誌作成担当] 竹内長武