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 「浮かぶ飛行島」は、探偵小説家として知られた海野十三(1887-1949)の少年小説における人気と地位を不動のものとした記念すべき作品である。本作は『少年倶楽部』に1938年1月から12月に連載され、絶大な人気を博し、翌年の1月に早くも単行本化されたのが本書。連載の最終回の末尾には「お喜びください」と、海野の次作「太平洋魔城」についての予告が載せられた。ここからも海野作品に寄せる読者の熱狂振りがうかがえる。
 『浮かぶ飛行島』は、英国を中心とした国際的な野望を打破しようと若い大尉が八面六臂の活躍で日本軍の危機を救うという、少年読者の胸を躍らせる軍事小説である。このような少年向けの軍事小説の書き手には、山中峯太郎や平田晋作が先行するが、当時、既に山中は『幼年倶楽部』に活躍の中心を移し、平田は事故死している。日中戦争が激化し、未来の兵士たる少年のための軍事小説を時代が必要としていたのである。海野の登場は実に時機を得ていたと言えよう。
 海野は理工学部出身の元技師らしく、科学的な目で作品を書いた。『浮かぶ飛行島』の「作者の言葉」によれば、飛行島が海上の飛行機の発着場所ではなく、実は大航空母艦だったという発想は作者の独創だという。口絵の詳細な解説図と共に作者の科学的な発想が十分に生かされている。勇気と聡明さにあふれた大尉と彼を慕い一命を賭ける二等兵の活躍、敵国司令官の狡猾さ、息をもつかせない物語展開などが、いかに当時の少年読者の心を躍らせたかは容易に想像できる。写真かと見間違えそうな椛島勝一の精緻な挿絵が、これを助けている。
 今日的な眼差しで見れば、国粋主義的で差別的なストーリー展開や類型的なキャラクターへの批判は免れないだろう。しかし海野は「作者の言葉」で「科学力がすぐれてゐなければ、どんなに立派な大和魂があつても、どんなに大きな経済力があつても、これからの戦争には勝てません」と読者に科学を学ぶ必要性を説いている。ここに海野の冷静な現実認識がうかがえる。この鋭い現実認識と科学的な眼差しにより、『浮かぶ飛行島』は少年軍事小説として独自の世界を築いたのである。
 残念ながら、その後の深刻な物質不足と戦火で資料が散逸し、そのため最終的にどこまで版を伸ばしたかは不明であるが、かなりの版を重ねていたことは間違いないだろう。1960年講談社から復刻版が出た。

[解題・書誌作成担当] 小野由紀