表紙とジャケット 本文 挿絵

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 本書は、軍事評論家の平田晋作(1904-36)が『昭和遊撃隊』(1935)に続いて出した少年向けの軍事愛国小説である。初出は『少年倶楽部』。北極秘密境の発見に向かう北極探検船「北斗丸」がA国とB国の攻撃を受けて撃沈されるが、追走してきた戦艦高千穂が両国艦隊を撃破、「北斗丸」に乗船していた寛少年らは奪ったA国潜水艦に乗り移り、秘密境の発見に成功する。一方高千穂は南洋へ下り、そこで再びA国艦隊を壊滅させる。A国がアメリカ、B国がロシアであるとの推測は容易である。軍事知識や実在する戦艦、地名等々を虚構と織り交ぜることで、物語世界に強烈なリアリティを作り出そうとする方法は「昭和遊撃隊」を引き継いでいる。例えば題名に使われた高千穂は実在の戦艦名である。日清戦争時にこの艦上で起きた出来事は「感心な母」(のち「水平の母」)と題されて、第一回国定教科書国語の教材になり、以後、敗戦まで一度も省かれなかった。また、物語後半では、寛少年らが秘密境に到達したおりに失踪した戦艦畝傍を発見、乗組員であった寛少年の曾祖父の氷づけの遺体にも遭遇することになっているが、 畝傍の失踪もまた広く知られる事実である。二つの史実の背景には、日本の近代化の最初に対峙した大国清国の脅威への危機感がある。この危機感は、仮想敵こそ違うが、本書が出版された1935年頃に、国際連盟脱退宣言の実効開始や軍縮条約改定問題、ソ連の軍備計画の進展等々を理由に軍部が盛んに説いた「35、6年の危機」に重なる。著者は本書の刊行を待たず、1936年1月25日、帰省先で交通事故に遇い、28日に31歳でなくなった。帰省は2月の総選挙に立候補する準備のためであった。
 挿絵には『昭和遊撃隊』にはなかった艦体図が付けられた。また、戦艦に向かって急降下爆撃をする水上機を、下からあおって撮ったような角度のある構図の絵も、本書に固有のものである。重版ではこの挿絵が少し水上機の角度を変えて、表紙に採用された。合わせて裏表紙の絵も水上機どうしの空中戦の絵に変わっている。なお、重版は厚紙並装である。1970年に講談社から復刻版が出た。

[解題・書誌作成担当] 相川美恵子