函と表紙 本文 挿絵

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 水谷まさる(1994〜1950)のこの童話集は、1935年当時の日本におけるリアルな作品を代表する一つ。23作品中19編が、千葉省三、酒井朝彦らと芸術的児童文学の創作を目指した同人誌『童話文学』からの収録である。創刊当時、水谷は「明治末以来の歴史を持つ「少女画報」(東京社)の看板少女もの作家」(関英雄)だったが、『童話文学』掲載作品は、少女ものとは異なり、芸術性を強く意識した作品になっている。
 本書の「はじめに」では、「童話を文学まで高め」「リアリズムを通して新しき境地を獲得しようとした」と述べ、しかしながら「情緒や想像に訴える力を涸らす危険は、いつもそこにある」「その危険から身を保つことを、努めなくてはならなかった」と書き、子どもの日常に取材しながら、情緒や想像を大切にする作品をめざしていたことがわかる。
 表題作品「葉っぱのめがね」は、親にしかられた順吉が見知らぬお爺さんに出会って葉っぱで眼鏡を作ってもらい、この眼鏡で空を見ると天使が飛んでいるのが見えると言われ、心が慰められるという作品。他に、百貨店で場違いな気持ちになる田舎から来た少女の物語「野薔薇」、食い逃げした男に同情を寄せる「町の出来事」、子どもの手袋を拾って自分の子ども時代を思い出す「手袋」などの作品がある。
 その中で、「ブランコ」は、子守りをしている少女を「おとめ」と呼び、同僚のおつると月夜にブランコに相乗りをして日中の苦しさを慰めるというプロレタリア児童文学の影響がうかがえるストーリーで、『小学五年生文学読本』(1949)、『日本児童文学選1』(1954)、『作品による日本児童文学史(2)』(1968)等に収録されたように、童話集の中で最も評価の高い作品である。
 全体としては、さまざまな階級の子どもが日常生活で味わう悲しさや悔しさを、風景や人との出会いによって慰められるという作品や、子ども時代を懐かしむ大人を描いた作品で、結末が感傷的であることは否めないが、当時の子どもの様子や気持ちがいきいきと描かれている点は評価できる。これには同人であった千葉省三の影響もうかがえる。
 関英雄は、「この一冊がなかったら、水谷は甘い少女小説と翻案再話もののライターとしてのみ知られただろう。」と評価した。

[解題・書誌作成担当] 畠山兆子