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 田河水泡(1899-1989)による漫画「のらくろ」シリーズの第一作目にあたる漫画単行本。のち『のらくろ伍長』『のらくろ軍曹』以下『のらくろ探検隊』まで計10冊の単行本の刊行が続く。作品が載った『少年倶楽部』掲載の同作品(1931.1〜41.10)とは、話の展開は類似するものの作品自体は異なる。単行本はあらたな書き下ろしとなっている。
 「のらくろ」は、軍隊に入ったひとりぽっちの駄犬が、二等卒から次第に出世、一等卒、一等兵、上等兵、そして最後大尉にまで登り、その後退役して大陸に探検にでかけるというもの。15年戦争下という時代性を色濃く反映した漫画だったが、アンチヒーローとしてのキャラクター設定が、多くの子どもの共感を得た。励ましの手紙が編集部に数多く届いたという。
 技法面でも注目された。海外の漫画に刺激を受けたこの漫画では、コマのなかに吹き出しを用い、また歩いたあとの砂煙やめまいの星印などの諸記号を多用し、のちの漫画に大きな影響を与えた。同時代の赤本漫画の人気作家大城のぼるには、田河水泡の模倣のあとが顕著だし、戦後ストーリー漫画の立役者である手塚治虫も、その影響下に漫画創作を開始した。
 まだ漫画単行本自体の刊行が珍しい時代のなか、カラーページをふんだんに使った『のらくろ上等兵』は、当時としては豪華な単行本と映った。宍戸左行の『スピード太郎』(第一書房、1935)、旭太郎作・大城のぼる画『火星探検』(中村書店、1940)とともに、戦前戦中の代表的な美本のひとつに数えられる。田河水泡がもともと図案家でもあったので、その造本には、図案家としての様式的な画面構成が図られている。1969年講談社より復刻版が出た。

[解題・書誌作成担当] 竹内長武