函と表紙 本文 挿絵

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 少女小説の代表作家の一人である北川千代(1894〜1965)が大正末から昭和初めに『少女世界』『令女界』などの少女雑誌に発表した作品21編を収録したもの。講談社の美本の中でもビロードを用いた外箱つき表紙は、注目を集める大変な豪華純麗本であった。しかも同じ版でも色違いの装幀本があるという凝りよう。装幀および口絵・挿絵を担当したのが当時一世を風靡した蕗谷虹児であった。著者と40年来の親友であったこの画家は、自力で立ち上がる生活力のある少年少女を書く彼女の姿勢に優れた点を見ていた。事実、本書「序」においても千代は「二十一篇の少女小説の主人公は、悲しみの前にただいたづらに泣き沈んでばかりは居ない」で「悲しみの中からでも笑つて起き上がられる、元気」「私が常にあなた方少年少女たちに求めてやまない、愛と正義との心」が表現されているとする。ここに少女小説を執筆するときのこだわりが語られているといえよう。
 作品においても、書名にとられた「絹糸の草履」では、学校の先生が教え子たちに対して、紙入れの中にお守りのように大切に忍ばせてある小さな絹糸で編みこまれた草履にまつわる話をする、という語り形式でありながら、主人公は少女ではない。庄作という貧しい父を軸に、決して希望をなくさないで生きる姿や父の子に対する愛情、また、人との縁など様々なものが織り込まれている。
 プロレタリア文学作品を書いていた江口渙と離婚後は、社会主義婦人団体の活動へ参加、さらに労働運動家・高野松太郎と再婚した。ここにもロマン主義より生活主義を重んじる作家の背景があると考えられる。当時センチメンタリズムの少女小説が横行する中、新しいタイプの少女小説といえるであろう。また、読物作家へと移る女流作家が多い中、千代は終始児童文学作家に徹した。

[解題・書誌作成担当] 森井弘子