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 槙本楠郎(1898〜1956)が雑誌『文芸戦線』、『前衛』の子ども向けページや、『童話運動』『少年戦旗』等の雑誌に発表したものをまとめた童謡集で、大正末から昭和初期にかけて展開されたプロレタリア児童文学運動の成果のひとつである。しかし、出版後、発売禁止処分を受け、その処分前に流布していたものが現在わずかに残っているだけである。なお本書の童謡3編と、95ページから掲載の論文に伏字が使われている。また版元・紅玉堂書店は詩歌関係の書物を多く出版していたようで、特に左翼系の出版物だけを扱っていたわけではなかったと思われる。
 プロレタリア文学は、1921年の『種蒔く人』創刊を起点に、1928・9年頃を絶頂期として展開された。児童文学においても1926年、『無産者新聞』に「コドモのせかい」欄が設けられ、童話などが掲載されたことを嚆矢として、以後暫くは活発な創作活動が行なわれた。そうした動きの中で槙本楠郎は童謡・童話を書き、また理論的指導者としてプロレタリア児童文学の推進に努めた。それらの総括として1930年には『プロレタリア童謡講話』『プロレタリア児童文学の諸問題』という2冊の理論書と、この童謡集『赤い旗』が刊行されたのである。
 槙本は序文の「プロレタリアの少年少女へ」の中で、「この本は自分ひとりでは読まないで、なるべくお友だちみんなに見せ、読ませ、貸してやるやうにしてもらひたい。そしてみんな仲よく、元気に、大勢で歌ふことだ。」と述べ、少年少女たちが「勇敢なプロレタリアの闘士」となってたたかうことを希求している。すなわち、槙本は「階級的教化用具として」(『プロレタリア童謡講話』)の新しい童謡を志向し、童謡の教化性を強くうったえた。したがってこの童謡集には、一寸法師、舌切り雀などの昔話やわらべ唄のパロディ化、馬・雀・鸚鵡・山羊などの動物を、搾取され自由を奪われた貧しい労働者のアナロジイとして描く表現方法、あるいはストレートにプロレタリア万歳を叫ぶ直截的な表現などが数多く見られるが、そのいずれにおいても「階級の子」である子どもたちが、将来勇敢な闘士として働くことへの熱い期待がメッセ−ジとして籠められている。1971年ほるぷ出版より復刻された。

[解題・書誌作成担当] 畑中圭一