函と表紙 本文 挿絵

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 本書は1930年前後の日本幼年童話の新しい形を示した作品集である。作者の長男・光太郎にせがまれ話して聞かせたのが機縁となった「ワンワンのお話」(『童話』1923.4)を皮切りに、以後、雑誌『童話』『良友』に断続掲載された幼年童話が、<ワンワンがだいすき>な坊やに<パパちゃん>が語ったお話という体裁で単行本化されたものである。四男二女をもうけた千葉省三(1892-1975)は、わが子を「決してつきない童心の供給者だ」と呼び、わが子との語らいは、『童話』の読者反応とともに、千葉の創作過程において重要な位置を占めていた。それだけに、1923年6月、幼くして長男を亡くし、2年後、阿弥陀宗仏門に入信するに至った省三にとって、本書は、期せずしてわが子へのレクイエムとなった。1926年に編まれた童話作家協会編『日本童話選集』第1輯に、出世作「虎ちゃんの日記」ではなく、「ワンワンのお話」として3編を自薦しているところにも思い入れの深さが偲ばれる。
 収録作品は、雑誌掲載作品に若干の推敲を加えた9編、雑誌初出形が1話であったものを加筆し2話としたもの、新しく書き下ろして結びに置いた「ワンワンちゃんのおてがみ」の、合わせて12編である。内10編に、語り手「パパちゃん」が登場し、擬人化されたワンワンとかけっこをするなど、ナンセンスな幼児の遊びの世界にともに興じてみせる。作中、坊やが登場することはないが、「ばうやが 〜したときのやうな」人物や事柄が設定され、坊やは、常に選ばれた観客として語り手の意識の中核を占め、ワンワンとパパちゃん双方のこっけいさを笑うことができるよう仕掛けられている。出版当時「落語だ」と軽んじられたことが、郷土性に根ざした童話に自らの本道を求めようとする以後のありように影響を与えたといわれる。
 一方、語りの場で培われた本書の幼年童話は、雑誌掲載当時から、子どもに読み聞かせると喜んだとの読者の声が寄せられていた。石井桃子は、「日本にはめずらしい、あかるいナンセンスな話」と評し、自宅文庫での読み聞かせにおいて子どもの共感を得た作品として、『世界児童文学全集(30)』(あかね書房、1960)に2編を収録した。また1981年ポプラ社文庫の一冊として出され、それが今日まで版を重ねていることが示すように、読み継がれてきた大正期の幼年童話の代表作のひとつである。1974年ほるぷ出版から復刻版が出た。

[解題・書誌作成担当] 松山雅子