表紙と函 本文 挿絵

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 本書は、雑誌『少年倶楽部』に連載されて好評を得た「竜神丸」(1925)に続いて同誌に連載された長編を単行本化したもので、高垣眸(1898〜1983)の少年小説第一作になる。連載時に使われたペンネーム「青梅マ二」の「青梅」は住所から、「マ二」は「竜神丸」連載中に生まれた長男の名前から取っている。美しい装幀の本である。
 日本人の大佐を父に、旧インカ帝国の皇統の末裔を母に持つが今では孤児になっている少年黒田杜夫が、清国王朝の遺族で、サンフランシスコの阿片窟に身を潜めて王と名乗る恭親王や、彼の部下張爺、王の娘で日本人を母親に持つ錦華、混血のインディアンらと一緒にインカ帝国の秘宝をめぐって豹一味と対決する伝奇性豊かな冒険活劇であり、伊藤彦造の挿絵がいっそう陰影と怪奇性を深めている。舞台はサンフランシスコとアリゾナ大高原である。著者によれば、当時盛んに輸入されて人気を博した連続活劇映画から多くのものを取り込んだというが、この舞台設定もその一つと考えられる。他にも、本作で使われている変装、急襲、待ち伏せ、誘拐、ピストル、自動車やモーターボートによる追跡ごっこ、サーカス、カウボーイ、毒ガスや新薬の登場、切れのよいアクション、場面転換の早さも連続活劇の「複製」(佐野美津男)である。なお、これも著者自身が解説していることだが、ルパンの「水晶の栓」も下敷きになっているという。
 現在2通りの装幀を確認している。すなわち講談社所蔵の初版および神奈川近代文学館所蔵の47版、大阪府立国際児童文学館所蔵の50版は厚紙装幀で、表紙から裏表紙までが続き絵である。対して、神奈川近代文学館にもう一冊所蔵されている62版は布装幀で薄紙がなく、見返し部分の挿絵もない。いつの段階で装幀を変えたのかは不明。
 戦後は、舞台をペルーのリマ市とアンデス山麓のクスコ盆地に変更し、反白人主義的な文面を省くなどして東光出版社(1947年、挿絵は山川惣治)、ポプラ社(1951年、挿絵は沢田重隆)、普通社(1962年、挿絵は嶺田弘)から出された。1956年には大映から映画化された。当時の西部劇ブームに乗ったものと推定される。なお講談社の少年倶楽部文庫(1970年)に入れられたものは初版を底本にしている。

[解題・書誌作成担当] 相川美恵子