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 本書は大正期創作メルヘンを代表する一冊である。小説や翻訳の仕事をしていた豊島与志雄(1890-1955)に童話の創作をすすめたのは、『赤い鳥』を主宰していた大学の先輩にあたる鈴木三重吉だった。『夢の卵』は、『赤い鳥』を中心とする雑誌に発表した童話14編を収録した作者にとっては最初の童話集である。作者は「序」でこう述べている。
 「私達は、いろいろな物事に出逢つて、それをくはしく知りたいと思ひますし、また、それからぢかに或る感じを受けます。そして、物事そのものをよく知るために、研究したり考へたりするのは、学問の方のことでして、物事から受ける感じを、一つのまとまつた形にはつきりさせるのは、お話の方のことです。」
 「序」にあるように、おさめられた童話は、「世界」に輪郭をあたえようとして書かれた物語だといえる。ごく初期の童話「お月様の唄」で、森の女王である千草姫は、王子にいう。「私達は、あらゆるものを生み出す大地の精なのですから。ただ悲しいことには、いつかは私達の住む場所が無くなつてしまふやうな時が参るでせう。私達は別にそれを怨めしくは思ひませんが、このまゝで行きますと、可哀さうに、あなた方人間は一人ぽつちになつてしまひますでせう。」と言って王子は、破壊されかけた自然の回復につとめる。
 「お月様の唄」や、童話集のタイトルともなった作品「夢の卵」、「手品師」、「慧星の話」などは、ヨーロッパ的な世界、いや、むしろ、無国籍的で抽象的な世界を描いているが、一方、この童話集には、もっと土俗的、民話的な世界も描かれている。「天狗笑」や「キンシヨキシヨキ」がその代表だ。(よく知られた作品のひとつ「天下一の馬」には、馬方の甚兵衛も登場するが、悪魔の子供も出てきて、無国籍的である。)「天狗笑」では、空いっぱいの大きな顔が笑い、まったく独特の作品になっている。
 画家の鈴木淳は、『赤い鳥』誌上で活躍した童画家のひとり。作品の魅力を引き出す挿絵を描いている。
1969年ほるぷ出版より復刻版が出た。

[解題・書誌作成担当] 宮川健郎