函と表紙 本文 挿絵

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 吉川英治(1892-1962)の少年小説の代表作。『少年倶楽部』に連載され、絶大なる人気を博した。連載は4年ちかくにわたり(1925.5〜1928.12、未確認)、3冊の単行本にまとめられた長編時代小説である。(本書はその第1巻)
 作品の主人公は武田伊那丸、織田・徳川にほろぼされた武田勝頼の遺児である。伊那丸は、武芸にひいでた侠党七士に助けられて、徳川家を討ち、武田家を再興することをめざす。
 二上洋一は、「吉川英治の少年小説観は、歴史の変転によって敗軍となった主人公の宿命を、ドラマの中で見つめていくことにある。」とする(『少年小説の系譜』幻影城、1978)。この指摘は、「神州天馬侠」だけでなく、その後書かれた、大阪の陣で敗れた豊臣側の武将真田幸村の子大助を主人公とする「竜虎八天狗」や、「天兵童子」にもあてはまり、「神州天馬侠」は、吉川英治の少年小説の原型だといえる。
「紫の波、白い波、恵林寺うらの藤の花が、今をさかりな逝く春の昼。」これは、「神州天馬侠」の書き出しだが、この格調の高い流麗な文章も、大衆児童文学の世界では、ずいぶん新しいものだった。この文章が読者を強くひきつけたことは、いうまでもない。
 作品の人気のもとは、もうひとつある。雑誌連載時から挿絵を担当した山口将吉郎の絵の魅力だった。武者絵を得意とする山口は、伊那丸や侠党七士を見事に描き出したのである。

[解題・書誌作成担当] 宮川健郎